「九戸戦始末記 北斗英雄伝」は全3部作のうちの第1部です。
第5巻の「宮野(九戸)城炎上」をもって、第1部が終わりました。
ようやく全貌が見える段階まで来たので、読者の方々も手を伸ばしやすくなったのでしょうか。
ウェブ経由での個人の方のご注文や、書店廻りの追加注文が連日たくさん入るようになってきました。
程なく第5巻の初刷は売り切れると思います。
1~3巻は増刷済みですが、4、5巻も増刷が必要になりそうです。
以下は九戸実親が絶命する間際に、蒲生四郎兵衛に言い残した言葉です。
「四郎兵衛殿。九戸将監の戦いは民を生かすためのものだ。この戦。勝ったのは我がほうだ」
城兵の全員が討ち死にしたように見える宮野城。
しかし、九戸政実が、九戸党が志したのは、表向きの戦の勝利ではありませんでした。
追って「後書き」めいた感想をウェブの方で公開します。
今は「著者自身が最も好きな場面」について、思案中です。
例えば、沼宮内城の攻防戦のこの場面。
城の周りを5万本の松明が囲んでいるのを、山ノ上権太夫とお仙(仙鬼)の2人が眺めます。
そこで、お仙がひと言。
「この沼宮内の町に、こんなにも光が満ち溢れるのは、後にも先にもこれっきりかもしれないね」
これが沼宮内の人の心に届いた模様で、幾人もの方が蒼龍舎を訪問なされたとのことです。
あるいは、最終巻のこの場面。
岩谷橋の上で、工藤右馬之助が南部兵に銃撃されます。
右馬之助は、一戸城の戦いで、紅蜘蛛お蓮が自分を助けるために死んだものと思い込んでいます。
お蓮は右馬之助の許に急ぎますが、橋の手前は南部兵が満ち溢れていました。
「右馬之助さま!蓮はここです。ここにいます!」
その声が右馬之助に届くことは無く、右馬之助はそこで息を引き取りました。
右馬之助は稲富流砲術の三代師範です。
最後の言葉は「皮肉なものだ。この俺が鉄砲でやられるとはな」でした。
何度もこの場面を夢に観ますが、その都度シビレます。