日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第258夜 霧の中

夏向けの怪異譚を書き始めようと、寝そべって考えていた時に、つい眠り込んでいました。
これはその時に観た夢です。

眼を開くと、車の中だ。
オレは路肩に車を停め、そこで居眠りをしていたのだ。
外は霧で真っ白。
5メートル先も見えやしない。
運転を続けるのは危険なので、路肩に停めたというわけだ。

だが、いつまで経っても霧が晴れて来ない。
七月の昼過ぎだと言うのに、一体なぜ?
これじゃあ、車で移動するのは無理だ。
あとほんの1キロかそこらで、目的の別荘に着く筈なのだが・・・。

ここは陸奥地方のある高原だ。
バブル時代に観光開発で別荘が林立したが、その後の不景気で人が来なくなった。
数千万円で売られた別荘が、1千万になり、5百万になり、20年以上経った今ではたった百万円でも、誰も手を出さなくなった。
人の気配の無い家が、あちらこちらで朽ち果てようとしている。

オレは雑文を書いて暮らしているので、周りに人がいない方が望ましい。
春にたまたまこの近くを通った時に、道路脇に建てられた「3百万円」という看板を見て、ここの古い別荘を買うことにした。
売れそうもない家の「3百万円」。これは売り手の本音は「百万円でも売ります」って意味だ。
元はおそらく2千万くらいだろうが、人の住まなくなった家はたった数年で使えなくなる。
これは20年経っているから、土地代だけで十分だ。
試しに60万と言ってみたが、不動産屋がさすがに渋る。
そこで帰りしなに「80万が最後」と言ったら、店の親父は「売る」と答えた。
ま、当たり前だ。そのままでは、1円の金にならないまま、荒地に戻ってしまうから。
そしてオレはその別荘を買い、今はその別荘でこの夏を過ごすために、5百キロの道程を運転して来たのだった。

しかし、何時まで経っても霧が晴れない。
仕方なく車を降り、オレの別荘まで歩いて行くことにした。
「確かこの県道を先に進むと、左手に林道が見えて来るはずだよな」
その記憶の通りで、たった2百メートル先に、左に折れる道が繋がっていた。
そこからは坂道で、別荘のある高台までは10分で行ける。

オレの別荘に続く道は、すっかり荒れており、行く手が倒木で塞がっていた。
6月の嵐で倒れたのだ。
「これじゃあ、たとえ霧が出なくとも、車では上に上がれなかったな」
オレは倒れた木の下を潜り、坂を上る。
しばらくすると、うっすらとオレの別荘が見えて来た。
霧の中に浮かぶその家は、こないだ見た時より、大きく見える。

別荘の近くまで歩き、建物を見上げる。
やはり大きい。
「こんな山の中に、寝室が4つもある大きな別荘を建てるなんて。最初にこれを立てた奴はどんな物好きだったんだろ」
全部の窓を順番に眺め、窓ガラスが割れていないか確かめる。
2階の窓ガラスに眼が行くと、どういうわけか、家の中に人影が見えた。
「う。幽霊か」
ここにはこの20年来、人は住んでいない筈だ。
一瞬、幽霊かと思ってしまうのも無理はない。

でも、オレはその方面は平気な方だ。
他の奴らと違って、何せオレは2回死んだことがある。
正確には「2回心臓が止まったことがある」だが、心停止の後何が起きるかを、実際に自分で体験してきた。
そこが未知の領域ではなくなると、恐怖は感じなくなってしまうのだ。
自分ちを出入りするのに、恐怖は感じない。ドアの中に何があるかを知らないから、不安になるのだ。

玄関の前に立ち、鍵を回した。
案外スムーズに回り、最後に「ガチャッ」と大きな音がした。
扉を開くと、その中は大きな広間だ。
暗くてほとんど見えないので、壁のスイッチを入れると、パッと灯りが点いた。

広間には大きな丸いテーブルがあり、そこに女と男が1人ずつ座っていた。
さすがにドキッとする。思わず体が固まった。
正面に座る女が先に口を開く。
「ねえ。今は何年?」
初対面の相手に訊く質問ではない。
「え?」
女がもう一度オレに尋ねる。
「今は平成何年かって訊いてるのよ」
オレはさすがに動揺していたのか、その問いに西暦年で答えた。
「20××年」

女がため息を吐く。
「ああ。もうそんなに経っちゃったの」
女の隣にはオレと同じくらいの年恰好の男が座っている。
その男の方も渋い表情だ。

ここで中断。
丁寧に書くと、短編として成立しそうなので、原稿として書き始めることにします。
夢は、霧の中で、ある家に迷い込んだが、そこは外界と隔絶された場所で、外に出られなくなってしまう、という筋でした。
今までに、何度も同じ夢を観て、最後には同じ登場人物が現れます。
過去にその人物のモデルらしき人には会ったことがありません。
いったい何を象徴する夢なのか、まったく想像がつきません。