日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第270夜 雪女

木曜にはお葬式の手伝いに参加したのですが、帰宅すると疲労からか、すぐに眠り込んでしまいました。
これはその時に観た夢です。

田舎の父が倒れた。
親族は「祖父ちゃんは危ない状態なので早く来い」と言う。
しかし、夜中に電話を受けたので、新幹線は使えなかった。
オレはそのまま車に乗り、郷里に向かった。

病院に行くと、父は昏睡状態だった。
母が耳元で「ケンジが来たよ」と囁くと、父は眼を開いた。
「ちょっと、俺はケンジに話すことがある」
父がそう言うので、母や親族は病室の外に出て行った。

2人きりになると、父が話し出したのは、何十年も前の昔話だった。
「昔。姫神山の山開きとか、秋のベゴ市の時に、屋台を出したことがあったべ」
父は田舎の商店主だったが、商売の足しに菓子やジュースの屋台を出したことがあった。
まだオレがごく小さい頃までの話で、その後、オレが物心ついたころには店の方が忙しくなり、屋台を出さずに済むようになったのだ。

「あの頃、うちの屋台を片づけようとしていたら、広場の隅に、女が1人で立っていた。どこか寂しそうな風情なので、俺は売れ残りのジュースをその女にやった。ま、美人だったからな」
屋台を出したのは、わずか数年のことだったが、春の山開き、秋のベゴ市と、父は必ず山際に立っている女を見たのだと言う。
その都度、父はジュースや飴玉をその女にくれてやったのだ。

「次の年の冬のことだ。夜中遅くに、店の扉をトントンとたたく音がした。もはや12時を回っているので、不審に思いつつ戸を開けると・・・」
その女が店の前に立っていた。
その年は雪の多い年で、女の肩には雪が降り積もっていた。
きっと長い時間歩いて、ここに来たのだろう。

女は独りではなく、胸に赤ん坊を抱いていた。
女は父の顔を見ると、「お願いがあります」と言った。
「これは私の子です。どうしても育てることが出来なくなったので、誰かにお預けしたいのですが、あてがありません。頼れそうなのは、貴方様お一人です。どうかこの子を預かっては貰えないでしょうか」
父もその当時は貧しい商店主だった。
子どもを押し付けられては堪らない。
断ろうと思うが、雪の中を歩いて来た母子を無碍に放り出すわけにはいかない。

そこで父は店の中に女を招き入れ、赤ん坊のために牛乳を温めてやったのだ。
その赤ん坊が牛乳を飲むさまを見ると、例えようもなく愛らしかった。
その赤ん坊は男の子だった。
「この愛らしい赤ん坊を手放さねばならないとしたら、この人にはどんなに苦しい事情があったことか」
この時、父は母親を子どもの頃に亡くし、たいそう苦労したことを思い出した。
戦前の苦しい時期に、兄弟3人、手を取り合って生きて来たのだ。

父はそこで決心した。
「良いですよ。赤ん坊はお預かりします。でも、いつか貴方の暮らしが良くなり、お子さんと一緒に暮らせるときが来たら、ここに引き取りに来てください。物心がつくようになったら、この子は母親に会いたいと思うようになるでしょうからね。子どもは母親を恋うるものです」
父が赤ん坊を抱くと、母親は何度も頭を下げ、店を出て行った。

オレはこの話を聞いていて、何とも言えない心持ちだった。
なぜなら、この話は、昔話の「雪女」にそっくりだったからだ。
雪女の伝説は日本中に伝わっているが、起源はどこか北国だろう。
雪の話だから、奥州や北陸で当然だ。
この岩手郡の昔話にも、「雪女」の話は残っていたはずだ。
(さては親父も、死を目前にして、わけが分からなくなったのか。)
困ったな。

父の話が続く。
「雪が降ると、朝早くに俺が店の前の雪を払っていただろ。あれは、女の足跡を消していたのだ」
新雪が降った時には、あの母親は赤ん坊が無事に育っているか心配で溜まらず、店の前まで様子を見に来た。
しかし、暮らしが良くなり、母子で暮らせるようになるまで、わが子に会う訳には行かない。
それで、母親は店の前で踵を返し、山に帰って行ったのだ。

「その時の赤ん坊が・・・」
父の声が急に大きくなった。
「ケンジ。お前だ」
「え?」
おいおい。そりゃないでしょ。
そう思う反面、オレは別の意味でドキッとした。
父の話の中にあった、「雪が降った時に、家の前に足跡が残っている」という件だ。
実はオレには思い当るふしがあったのだ。

確かに、あの郷里の萬屋の店の前で、雪の上に足跡が並んでいるのを見たことがある。
それはオレが小学生の頃の話だ。
それだけではない。
オレは今は関東で暮らしているから、雪は滅多に積もらない。
しかし、年に1度か2度、雪が降り、家の周りが新雪で覆われることがある。
そんな時、玄関を開くと、必ず真ん前に、新しい足跡が残っているのだ。
不審に思っていたが、雪が降る度に必ずあることなので、あまり気にも留めていなかった。

ここで、中断。
物語として成立しそうな筋ですので、きちんと取りまとめることにしました。
「夢幻行」の1話に加えることとします。
目が醒めた瞬間、「おお。来た来た」と大喜びしました。
雪女の筋は、誰でも知っているし、作品も多いのですが、「思わぬ展開」があります。