日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第334夜 夢に囚われて (その3)

さらに続き。

オレはデカ顔がぽわっと開けている口に手を入れた。
「うわ。取れない」
オードリーが慌てて、オレの手を抜こうとした。

「ハハハ。冗談だよ」
オレはそう言って、映画の通りに右手を抜こうとした。
「ありゃりゃ。本当に取れねー」
右腕は、肘から先ががっちり挟まれて、実際に取れなくなっていた。
イケネ。コイツは本物の「真実の口」だったのか。
オレが「取れない」と嘘を吐いたので、本当に取れなくなったのだ。

こりゃ大変だ。
せっかく伝説の女優と知り合いになったのに。
日本人で例えるなら、誰だろな。
「日本のオードリー・ヘップバーン」って言えば誰?
原節子
オレのようなオヤジでも、さすがにこれは馴染みが無い。
吉永小百合さんは、オ-ドリーの雰囲気じゃないしな。
20数年前なら、知世ちゃんだよな。
「天国に一番近い島」はオヤジでも観たもの。もちろん、その頃はオレだってオヤジじゃないが。
今じゃあ、そもそも、「オードリーに似てる」どころか「映画女優」って雰囲気を持つ女性がいない。

おいおい。そんなことを考えている場合じゃないぞ。
右手がどんどん引き込まれていくではないか。
じりじりと腕が飲みこまれ、次は肩。
ついには頭まで、口の中に引きこまれてしまった。

口の中は真っ暗だ。
足先まで入ってしまうと、今度は急に体が落ち始めた。
「うわああああ」
ドボン。
オレは大きな水音を立てて、水の中に落ちていた。
5メートルくらい水面下に沈んだ後、オレは浮き上がった。
顔を水の上に出すと、外は明るくなっていた。
「しょっぱい」
回りは海水だった。
はるか遠くの方に、港らしき風景が見える。
右手の方には、大きな橋の残骸があった。
「あれは・・・。見たことがある橋だな」
確か、ゴールデンブリッジだ。
となると、ここはサンフランシスコってことだよな。
オレのすぐ脇にはゴムボートが浮いている。
オレはそのボートの上に、這いあがった。

ボオオオオ。
背後から汽笛のような音が聞こえた。
後ろを振り返ると、オレのすぐ後ろには潜水艦が頭を出していた。
サンフランシスコの金門橋。潜水艦かあ。
こりゃ「渚にて」だ。
50回は観ているから、間違えようがないよな。
オレは潜水艦の乗組員の1人で、この街の育ちだ。
世界が放射能に汚染された今となっては、「この街で死のう」と決めて、艦を脱したのだ。

なるほど。
グレゴリー・ペック繋がりなんだな。
でも、どうせならペックが演じた艦長の方にしてくれれば良いのに。
地上最後の人間として、世界中を航海した上で、海底に沈んで行きたいぞ。
ま、仕方ない。
オレはひとまず岸に着こうと、ゴムボートのオールを一生懸命に漕いだ。
なかなか前に進まない。
映画ならはしょる場面だが、オレは今は当事者なのでそうも行かない。
だっぱんだっぱん波は来るし、結構疲れる。

手間取っているうちに、沖の方から大波が来た。
ざっぱああん。
オレはボートもろともひっくり返り、再び海に落ちた。
海の中は真っ暗だった。
オレはその深みに向かって、静かに沈んで行った。

(さらに続く。)