日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第349夜 空き巣を捕まえる

相変わらず、「眠ると悪夢」の連続です。
90分置きに目が覚めてしまいます。

オレの名はコカド。38歳で、警備会社の管理職だ。
この日は新入りの部下の歓迎会で、皆を集めて一杯飲んだ。
メンバーは警備担当が男女8人と、事務の女性が3人だ。
一次会が終わり、二次会が終わると、かなりの人数が帰ったが、最後まで帰らない者がいた。
事務の女性の1人だった。

「課長。私、家に帰りたくないのです」
うまく「ろれつ」が回っていない。
酔っているのだ。
この娘は確か、関東の某県から上京したばかりだったよな。
「そりゃまたどうして?」

「まだ新しいアパートで暮らし始めたばかりなのに、もう空き巣に入られたのです」
「なんだそりゃ。だいぶ盗られたのかい」
「いいえ。3千円だけです。まだ銀行のカードも届いておらず、家具も揃えていません」
「でも、簡単に盗みに入られるのじゃあ、その部屋は不味いだろ」
空き巣は、前に簡単に入れると、その家に必ずまた来る。
「ドアの立てつけが悪いからかも」
「オレ達は警備会社をやっている。その社員が空き巣に入られているなんて、外には知られたくない話だ。よし。帰り際に君のアパートを見てやろう」
その娘のアパートは、オレの家のある駅のひとつ手前の駅の近くだった。

何やら、セクハラめいた展開に聞こえるが、立場と状況を利用して女性を口説くつもりは無い。
いや、正確には「ほとんど無い」だ。
いついかなる時も、男は頭の隅では「この女性と男女の関係になったらどうなるか」と考えるものだからな。
しかし、この娘に限ってはそんなことはほとんどない。
なぜなら、この子は事務職だが、レスリング部出身で、しかも関東の大学大会の3位だ。
遠目では、小柄で痩せているが、それは脂肪がほとんどなく筋肉質な体だからで、普通の男なら簡単にねじ伏せられてしまう。
会社としては、警備の手が足りなくなったら、この子は事務職からそっちに移すつもりなのだ。

娘の部屋に入ると、その子が「お茶を淹れます」と言う。
その手つきがふらふらしているので、オレはその子を休ませることにした。
「オレが点検しておくから、君は横になって休んでな」
その娘は部屋の隅に行くと、寝袋の中に滑り込んだ。
まだ布団も無いらしい。

まずは窓を点検した。
ここは2階だが出窓で、階段の近く。
硝子戸の隅を1枚叩き壊せば、簡単に入れる。
「こりゃ随分古いつくりだな」
もう夜なので分かり難いが、たぶん、築40年は経っているのだろう。
硝子も昔風のきゃしゃな、割れやすい板になっている。

入るとすれば、まずはこの窓か、玄関だ。
古い家だと、鍵が簡単なつくりなので、ドライバー1本で開く。
一瞬で開くので、回りの者が偶然見掛けても、その家の住人と思ってしまう。

振り返ると、その娘は寝袋の中で眠っていた。
起こすのも可哀相だ。
鍵を閉めて、このまま帰ろう。

電気を消して、玄関に向かう。
ここの電気は廊下の隅なので、先に灯りを消した。
三和土で靴を履こうとするが、守衛用の紐の多いがっちりした靴なので時間がかかる。
しゃがんだまま譜もを結ぼうとしたら、紐がぶちっと切れた。
「仕方ない。通し直そう」
靴を脱ぎ、紐を抜き取って、切れた個所を結ぶ。
それから、もう一度靴に紐を通した。

暗い中、ようやく紐を通し直して、靴紐を結んだ。
「ふう」とため息を吐く。
目の前には、玄関の扉が見える。
昔風の扉で、半分は擦りガラスだ。
鍵はポッチを押し回して、そのままがちゃんと占めるタイプ。
「こいつが一番簡単な鍵なんだよな」
もちろん、空き巣にとって、という意味だ。

すると、そのポッチがオレの見ている前で、斜めに回った。
誰かが向こう側から、鍵を回しているのだ。
「おお、こんな偶然は滅多に無いぞ」
見張っている時に、わざわざ向こうから来てくれるなんて。
オレはゆっくり立ち上がり、ドアノブの横で待ち構えた。

ぎぎっと音がして、ドアが開く。
手首が見えたので、オレはそれを掴んだ。
「おい。観念しろ。空き巣野郎め」
オレたちは、毎日、捕縛訓練をしているので、素人なら簡単にねじ伏せられる。
空き巣を捕まえて、腕をねじり上げた。
「イテテテ」
若い男で、背は高いが痩せていた。
「現行犯だからね」
相手の腕をねじり上げたまま、オレは階段を降りようとした。

ところが、ここは初めて訪れるアパートで、階段のステップの高さが、今のものと違い、一段一段が高くなっている。
オレは足を踏み外して、盗人と一緒に階段を転がり落ちた。
「アイテテ。畜生」
2人とも動けなくなるくらいの落ち方だ。

それでも、まあ、なんとか起き上がって、警察に連絡を入れた。
「空き巣1名。現行犯で捕まえました。すぐ来て下さい」
これで、あと15分もすれば警察がやって来る。

若い男がようやく体を起こした。
改めて見ると、なんだかオレの知っているヤツに似ている。
そうか。コイツは田舎の同級生のシマムラに似ているのだ。
「シマちゃん」は気が優しくて大人しい。
性格の悪いオレは、散々シマちゃんをいじめたっけな。
さすがに、今は大人なので、シマちゃんには申し訳なかったという思いがある。

「お前さ。なんで空き巣なんかやったんだよ。同じところに前にも入ったろ。しかもそれはつい先週の話だ」
男が首を振る。
「オレはここは初めてです。前のはオレじゃないです」
「本当か」
「はい」
普通はウソを言うものだが、こいつは本音だろう。
鍵の開け方が慣れておらず、だいぶ手間取っていたものな。

「なんでまた、空き巣なんかしようと思ったの?」
男が頭を抱える。
「お袋が病気なんです」
オレは思わず笑った。
「バカ言ってろ。今どき、そんな昔の刑事ドラマみたいな言い訳をしたって通用せんぞ。親が病気なのと言うのは、客に金をせびる外国の姉ちゃんみたいな言い草だ」
「本当です」
男がポケットから手紙を取り出す。
その手紙は、確かに田舎の母親から送られたものだった。

懐中電灯の光を当てて、その手紙を見た。
差し出されたのは、オレの育った県からで、オレの実家の隣町だった。
(くそ。あんな田舎から出て来ていたのか。)
オレは手紙を開いて、中の文面を読んだ。

男の言っていることは事実だった。
母親は重い病気で、病院に入っていた。
「金を工面してくれ」という文面は無いが、おそらく息子を思いやってのことだろう。
「お前は、何の仕事をしてるの?」
男は黙っている。
「金を送るのは大変なのか?」
男がようやく口を開いた。
「オレはパチンコ屋で働いています。オレは高校を途中で退学したので、それくらいしか雇ってくれるところはないもの」
店員が悪いわけではないが、母親の入院代までは手が回らない。
もちろん、それだけではないのだろう。
学校だけでなく、それ以後、幾度も社会からはじき出された過去を持っているのだ。
男の手を見ると、傷だらけだった。
これまで色んな仕事をしたんだな。嫌な話だ。

「ちくしょう」
オレはその男を押さえ付けていた手を放した。
「もう行っていいぞ」
「え?」
男がオレのことを見上げる。
「もう行けと言っているんだよ。早く行かないと警察が来る。だから、ここからすぐに立ち去れ。もうこの辺には来るなよ」
オレの言葉に男がゆっくりと体を起こす。
「本当に良いんですか?」

「ああ。お前の人生はこれまで何ひとつ上手く行かなかっただろうことはわかる。だが、諦めるなよ。今日を境に、きっと良くなるからな」
オレはその男にオレの名刺を渡した。
「その背格好だもの。きちんと飯を食えばガードマンをやれる。オレはお前が盗みに入る現場を見ちまったから、オレのところはダメだが、別の営業所を紹介してやる。だから、改めてに三日以内にオレの所に来い」
「・・・」
「良いか、捨てばちになるなよ。分かったらもう行け。すぐに警察が来る」
「はい」
男が背中を向ける。

男が三歩四歩と歩き出したのを見て、オレはあることに気がついた。
「ちょっと待ちなさい」
男が振り返る。
そこでオレは自分の財布を取り出した。
「お前はろくに飯も食っていないんだろ。少しやるから、駅前で牛丼でも食っていけ」
財布の中を見ると、5千円しか入っていなかった。
そう言えば、今夜は部下たちにおごったんだったな。
「スマン。5千円しかないが、とりあえず飯は食えるだろ」
気が付いたら、オレは泥棒野郎に謝っていた。
こりゃあ、「シマちゃん」のせいだよな。

若い男はオレのことをじっと見ている。
頬にはぽろぽろと涙がこぼれていた。
「金は・・・。金はいいです」
男はオレに背を向けると、そのまま走り出した。

そして、そのまま男の背中は、夜の闇の中に消えて行った。

ここで覚醒。