日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第382夜 タイムマシン

 日曜の朝7時頃に観ていた夢です。

 眼を開くと、どこか研究室の中だった。
 テーブルを囲んで、教授らしき中年の男が一人と、学生三人がいる。
 この俺も学生の中の一人だった。
 タカノ教授が口を開いた。
 「さて諸君。まずはこの箱の中身を見てみよう」
 箱は鋼鉄製で、ジャッキのような機械を使って蓋を開く。
 ぎりぎりという音がして、蓋が持ち上がった。
 中には、鉄で作ったリンゴが入っていた。
 「君たちの目の前にあるのは何だね」
 女子学生の一人が答える。
 「鉄で出来たリンゴです」
 「間違いないね」
 今度は三人が声を揃えた。
「はい。間違いなく鉄のリンゴです」

 タカノ教授は、自分のカバンから何かを取り出した。
 「これを見たまえ。見た通り、これは鉄製のバナナと猿の置物だ。これも間違いないね」
 「はい」
 「ではこれから箱の中身を取り替える。君たちはこの二つの内のどっちが良いと思うかね」
 「バナナが良いです」
 タカノ教授は箱の中から鉄のリンゴを取り出し、その代わりにバナナを置いた。
 「今この箱の中に入っているのはバナナだね。これに間違いないか」
 「はい。バナナです」
 「では実験を開始しよう。もう1つ金属の板を入れるから、それが終わったら蓋を閉めて、皆でこの減圧室の外に出よう」

 ここでようやく俺は今の状況を思い出した。俺たちはこれからタイムマシンの実験を始めようとしているのだ。
 この研究室は全体が減圧室になっている。
 外に出てハッチを閉め、中の空気を減らす事が出来る。
 テーブルの上の箱は、タイムマシンの本体だ。あの中身を三十分だけ過去に送ることが出来る。
 部屋全体を減圧するのは、衝撃波の発生を抑えるためだ。
 音速の飛行機が上空を飛んだだけで、衝撃波が発生し、周りの物は物理的な影響を受ける。
 過去に物質を送った場合、もし空気がある状態のところに送ったら、その空間に突如として物質が存在するようになる。その物体は周りの空気を押し退けるので、マッハどころか光の速度で物質を空間移動させたのと同じことが起きてしまう。
 衝撃波によって、おそらく箱だけでなく、部屋全体、建物全体が吹き飛んでしまうのだ。
 これを避ける為には、送り先を真空に近い状態にすることが必要だ。
 それでも影響があるから、箱も重金属で出来ているし、研究室の中も減圧するわけだ。

 ここでこれまでの経緯を振り返ろう。
 タイムマシン自体は思ったより簡単に完成した。宇宙開発が進んだことにより、恒星が発する光を集め、これをエネルギーに変える事が出来るようになった。
 最初は二十キロ四方くらいのテントを張っていたが、次第に効率が良くなり、小さくても押せるようになった。
 その精度が上がり、光の速度に近いスピードで移動できるようになったら、時間移動も出来るようになったのだ。
 この辺はマクロ理論の通りだ。詳しく知りたきゃ、アインシュタインを読め。
 次に行われたのは地上での実験だ。
 宇宙空間では如何にも勝手が悪いから、地上でも実験が試みられた。
 この辺は、重力を制御して、さらに減圧することで可能になった。
 そうしたら、物質の移動速度を上げる方法が、案外簡単に見つかった。
 宇宙空間で、巨大なテントを拡げて光のエネルギーを集めていたなんて、本当に馬鹿らしい。
 ドーナツ型の減圧室の中で、光速移動を行うと、その部屋の中と外で時間のずれが出来る。
 このことに気付いてからは、あっという間に小型化が進められ、今では五十センチ四方の箱の中身を過去に送る事が出来る。影響がどの程度かが未解明なので、現段階では1時間を超えて過去に送ってはならなことになってはいる。

 もちろん、まだ未解決の問題もある。
 有機体などは過去に送れない。組織が破壊されてしまうのだ。
 ある研究者が箱の中に猫を入れて過去に送ってみたが、電子レンジに入れる以上に悲惨な結果になった。
 大体想像つくだろ。
 金属の板など、急激な圧力変化に耐えられる物しか送れないのだ。

 今は「時間の質」を探る段階に来ている。
 これは「光の質」と言い換えても良い。これらは実質的には同じ話だ。
 タカノ教授の理論は、通称で「電話回線理論」というものだ。
 時間軸は、一本一本の電話回線を束にした回線に似ている。ひとつ一つは独立しており、各々の線の中で、波長の違う信号を幾つか送ることが出来る。
 あくまで「幾つか」だ。
 多元宇宙論を唱えるヤツは、「可能性の数だけ過去と未来が存在する」なんてことを言っていたが、まるで誤りだった。
 現実に存在できる過去と未来は、限られている。
 しかし、かと言って時間が完全に線のように構成されているかと問われれば、それは違う。
 時間の流れは川の流れに似ている。
 ひとつ二つ小石を投じると、一瞬、水に乱れが生じるが、少し流れた先では元に戻ってしまう。
 この考え方は「大河理論」と呼ばれる。
 現実世界には、色々な変化の可能性があるように見えるが、実際には同じ方向に進んで行く。
 これは水が高い所から低い所に流れるのとまったく同じことだ。
 タイムマシンで過去に戻り、何かの変化を与えても、結局はその小異が吸収されて、元に戻る。

 「電話回線理論」と「大河理論」の論点は光の本質の議論に良く似ている。
 光は粒子なのか、波なのか。
 目視可能な物質形態に例えるようなやり方では、よりよく認識出来ないのだ。
 なぜそうなのかという説明は難しいが、結論は簡単だ。
時間が「電話回線理論」の通りなら、タイムマシンによって過去は変えられる。
 その場合、無限に変えられるのではなく、「幾つかの限定的な内容に」変えられるということだ。
 「大河理論」の通りなら、ごくわずかな違いを発生させることは出来るが、それは当事者が認識出来ないくらいの変化に留まる。

 タカノ教授は、自分の理論の正当性を実証するために、今回の実験を行うことにしたのだった。
 手順はこうだ。
 まず前日から箱の中に一つの物を入れて置く。見た通り、これは鉄製のリンゴだった。
 これを皆で確認した上で、今度はバナナと取り替え、過去に送る。
 その送り先は最初に箱を開いた時点だ。
 この実験の経緯を金属のプレートに刻み、バナナと一緒に入れる。
 箱を開く時点では、その先のことは「まだ起きてはいない未来」であり、全員が知らないからだ。
 また、予め結果を準備できないように、バナナと猿と言う二つの選択肢を設定し、その場で選ぶことにしたわけだ。

 「箱を開いてから起きたことは、過去に戻ったその瞬間に消えてしまう。だが、仔細が書かれた金属のプレートがあれば、我々はどう変化したかを確認することが出来るのだ」
 教授は金属のプレートを研究室の隅に持って行った。
 数分間、キーンというグラインダの音が響いていたが、程なくタカノ教授は中央尾机の所に戻って来た。
 「皆見たまえ。ここにリンゴと刻んである。中に入っているのがバナナだから、元はリンゴだったが、バナナに入れ替えたという証拠になる」
「はい」「はい」
 タカノ教授は、鉄のバナナとプレートを箱に入れた。
 「さあ、研究室の外に出よう。すぐに減圧を始めるよ」

 眼を開くと、俺はどこかの研究室の中にいた。
 テーブルを囲んで、教授らしき中年の男が一人と、学生三人がいる。
 この俺も学生の中の一人だった。
 タカノ教授が口を開いた。
 「さて諸君。まずはこの箱の中身を見てみよう」
 タカノ教授が機械を使って箱の蓋を持ち上げた。
 中に入っていたのは二つの金属製の置物だった。
 ひとつ目は金属板だ。表面に字が彫ってあり、「ミカン」という文字が刻まれていた。
 もう一つは鉄製の置物だった。
 「これは何でしょう?」
 学生の一人がその置物を持ち上げる。
 「ああ。これはキリンの像ですね」
 タカノ教授がその学生から鉄製の置物を受けとった。
 「まさしくキリンに間違いないね」
 ここで皆が顔を見合わせた。 
 「でも先生。我々は一体何の実験をしていたのでしょう」
 教授が首を捻る。
 「昨夜から私が準備をして、今日ここでこのタイムマシンの実験を行った。一度起きた過去を改変するために、最初に入れていた物とは違う物を箱に入れ、過去に送る。そんな実験だ」
 「そうなると、もしそれに成功していれば、今目の前にある品は、前回は入っていなかった物ですね」
 ここで教授が首を振る。
 「だが、この箱に入っている物は、昨日私が準備した物のままだ。私はこのキリンの置物と、このミカンと刻まれたプレートを入れたのだ」

 ここで覚醒。

 時間の自己調節機能が働いて、マシンで送った過去よりも前の時点に遡って、辻褄の合う流れを作り出していた、という話のようです。