日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第381夜 夜の訪問者

 土曜の夜、11時頃に観ていた悪夢です。

 玄関のチャイムが鳴った。
 時計を見ると、今は夜中の十一時だ。
「こんな時間に何だろ」
 一瞬、「しかと」しようかとも思ったが、やはり出ることにした。
 一年くらい前に、家の先で事故があり、怪我人が助けを求めてチャイムを押したことがある。
 真夜中に事故に遭っていたら気の毒だ。
 
 ドアを開くと、外に立っていたのは女二人だった。
 いずれも若い。地味な服を着た、清楚な感じの二人組だった。
「今晩は。夜遅くに申し訳ありません。私たちはキリスト教の団体の者です」
 布教活動か。それにしても、この時間とは。
「こんな遅くに、女性だけで戸別訪問とは危なくないですか」
「大丈夫です」
 さもなくば、キリスト教徒は言うけれど、少し特殊な志向を持つ信徒だろうな。
 隣国の宗教団体は、キリスト教と名乗っているけれど、とてもそうは言えない。
 高額な壺を売りつけたりして、問題になったこともある。
「ま、壺の話なら、近所に目立たないこの時間帯が良いわけか」
 女たちが俺に視線を向ける。
「はい?」
 そこで一人が、俺の後ろの壁に架かっている十字架に目を留めた。
「あら。こちら様でもイエス様を信じておられるのですね」
「まあ、本当だわ。良かった」 
 俺はちらっと後ろの壁を見た。
「あれは私の父が取り付けたものです」
「お父様は今日はどちらに?」
「もう奥で休んでいます」
 この家の家族にクリスチャンがいると分かったら、この二人はこれから何度も布教に来るだろうな。
 少なくとも、共通の話題があるんだし。

「じゃあ、中にどうぞ。玄関で立ち話をしていたら、声が聞こえて、近所の人たちの迷惑になる」
 十字架で安心したのか、二人は顔を見合わせると、中に入って来た。
「遠慮なく上がって下さい。今すぐにお茶でもお出しします」
「勝手にお伺いしましたので、どうかお気遣い無く」
「良いんですよ。いつも暇にしてるんです」
 俺は二人を応札間に案内した。
「この家は普通とつくりが違うでしょう。応接間は大体、玄関の傍にありますが、ここでは一番奥です。これは父親が設計したんですよ」
「そうなんですか」
「信者仲間が頻繁に訪問して来ましたから。近所迷惑にならないように、防音室を作り、その中で賛美歌を歌っていたんですよ」
「それがその応接間ですか」
「はい」
 俺は二人をその部屋に案内した。
「どうぞお掛け下さい」

 二人は部屋の中を見回して、すぐに俺の言葉通りの物を見つけた。
 オルガンだ。
 また、この部屋には玄関よりも大きな十字架がある。
 二人の表情に笑みが浮かんだ。
 おそらくこの地域一帯を一日中回っていたんだろう。ほとんどの家ではにべもなく断られたはずだ。
 一日の最後に、ようやく有望な家に当たったということだな。

「何かお飲みになりますか」 
「いえ。本当に結構です。今夜は遅いので、ご挨拶だけに。また後日改めて伺いますので」
「まあ、そう言わずに。コーヒーで宜しいですか。この家のコーヒーは直接南米から取り寄せていますから、ひと味違いますよ」 
 さすがに、幾度も勧められたのに、断るのはどうかと思ったらしい。
「そうですか。ではお言葉に甘えさせてもらいましょう。コーヒーをお願いします」

この時、廊下に人影が現れた。
部屋のドアは開けたままだ。相手は女二人だし、その方が安心するだろうと思ったからだ。そのせいで、廊下に人が来ればすぐに分かる。
 姿を見せたのは老婆だった。
「いいから。来なくていいよ」
 その老婆に、「あっちに行け」と手を振る。
 女たちがその仕草に気付いた。
「どなたかいらっしゃるのですか?」
「ああ、母ですよ。認知症で、夜昼なく徘徊するようになっています」 
「お母さまの介護はご自分でなされているんですか?」
「ええ。勿論です。母親ですから」
 ここで俺は立ち上がって、台所に向った。
 コーヒーを淹れ、すぐに応接間に戻る。
「我が家自慢のコーヒーです。どうぞお試しください。少し苦い筈ですよ。生の豆を炒るところからやってますから、最初は甘くて、少し苦味も感じる筈です」
 俺の誘いに、女たちがコーヒーを口にした。

 ああ、やっぱり飲んだな。
 俺は見た目では育ちの良い資産家に見えるようだし、同じクリスチャンなら気を許して当たり前だ。
 ま、殆どの人がそうだけど。

 今までに俺の正体に気付いたのは、たった一人だけだ。
 そいつは十歳の女の子で、この長椅子に座ってしばらく俺を見ていたが、突然泣き出しやがった。
 母親が「どうしたの?」と訊くと、その子は俺を指差して「この小父さんはとても恐い人だ」と叫びやがった。
 その後がまた大変だった。
 部屋の掃除をするのに手間が掛かったっけな。暴れるもんだから、そこらじゅう血だらけになったのだ。
その母親は俺の幼馴染みだった。小中と一緒で、運命が少し違ってれば結婚していたかも知れん。
 殺すことになるとは思っていなかったから、あまり上手く行かなかった。
 俺が殺した相手の中で、唯一、殺したくなかったのが、その幼馴染みだ。

「お二人は何時から今の信仰に入られたのですか?」
「二人とも親たちが信者だったのです」
「そうでしょうね。その若さなら」
 世間話をする間、女の一人が小さく首を振った。
 ずいぶん効き目が早い。
 あんまり睡眠薬ってのを飲んだことが無いのだろう。

 部屋の入り口に再び人影が現れる。
 今度は老人だった。
 その老人はぱっくりと割れた頭から、血をだらだらと流していた。
「おい。大人しくしてろ」
 女たちがさすがにぎょっとする。
「ああスイマセン。皆さんに対して言ったわけではないのです。父が出て来ちゃいましたので」
「お父さんも今、家にいらっしゃるのですか」
「ええ。今はどこにも行きません」
 そりゃそうだ。どこにも行きようがない。
 父は半年前もに、俺が殺したんだからな。
 鉈で頭を割ったのが悪かったのか、死んでからも、その時のままで出て来がる。
 母もその時に殺したが、自分たちが殺されているのに、まだ息子のことを案じているらしく、こうやって時々この世に迷い出て来やがる。

 どたんと音がして、一人が床に崩れ落ちた。
「え」
 もう一人が俺の目を見る。
「もう遅いよ。あんたももう動けないだろ」
 女の両目が細くなった。あと一分も眠気には耐えられまい。

 さて、問題は明日のことだ。
 これからこの女たちを凌辱して、殺すのは良いとして、もう家の庭には埋めるスペースが残っていない。
 死体をどうやって処理すれば良いだろうか。
「ま、いっか」
 バラバラにすればどうにかなるだろ。

 ここで覚醒。

 学生時代に、実際に夜中の11時を過ぎてから、若い女2人による布教訪問を受けたことがあります。
 いずれもかなりの美人でした。そんな2人が、夜中に宗教の勧誘に来るなんて、「絶対におかしい」と考え、中には入れませんでした。美人を揃えたのは、若い男を引き込む戦略で、学生アパートを専門に布教に回っていたのだろうと思います。
 丁寧に書き直せば、小説になりそうですが、似たような話があるような気がします。