土曜の夜、11時頃に観ていた悪夢です。
玄関のチャイムが鳴った。
時計を見ると、今は夜中の十一時だ。
「こんな時間に何だろ」
一瞬、「しかと」しようかとも思ったが、やはり出ることにした。
一年くらい前に、家の先で事故があり、怪我人が助けを求めてチャイムを押したことがある。
真夜中に事故に遭っていたら気の毒だ。
ドアを開くと、外に立っていたのは女二人だった。
いずれも若い。地味な服を着た、清楚な感じの二人組だった。
「今晩は。夜遅くに申し訳ありません。私たちはキリスト教の団体の者です」
布教活動か。それにしても、この時間とは。
「こんな遅くに、女性だけで戸別訪問とは危なくないですか」
「大丈夫です」
さもなくば、キリスト教徒は言うけれど、少し特殊な志向を持つ信徒だろうな。
隣国の宗教団体は、キリスト教と名乗っているけれど、とてもそうは言えない。
高額な壺を売りつけたりして、問題になったこともある。
「ま、壺の話なら、近所に目立たないこの時間帯が良いわけか」
女たちが俺に視線を向ける。
「はい?」
そこで一人が、俺の後ろの壁に架かっている十字架に目を留めた。
「あら。こちら様でもイエス様を信じておられるのですね」
「まあ、本当だわ。良かった」
俺はちらっと後ろの壁を見た。
「あれは私の父が取り付けたものです」
「お父様は今日はどちらに?」
「もう奥で休んでいます」
この家の家族にクリスチャンがいると分かったら、この二人はこれから何度も布教に来るだろうな。
少なくとも、共通の話題があるんだし。
「じゃあ、中にどうぞ。玄関で立ち話をしていたら、声が聞こえて、近所の人たちの迷惑になる」
十字架で安心したのか、二人は顔を見合わせると、中に入って来た。
「遠慮なく上がって下さい。今すぐにお茶でもお出しします」
「勝手にお伺いしましたので、どうかお気遣い無く」
「良いんですよ。いつも暇にしてるんです」
俺は二人を応札間に案内した。
「この家は普通とつくりが違うでしょう。応接間は大体、玄関の傍にありますが、ここでは一番奥です。これは父親が設計したんですよ」
「そうなんですか」
「信者仲間が頻繁に訪問して来ましたから。近所迷惑にならないように、防音室を作り、その中で賛美歌を歌っていたんですよ」
「それがその応接間ですか」
「はい」
俺は二人をその部屋に案内した。
「どうぞお掛け下さい」
二人は部屋の中を見回して、すぐに俺の言葉通りの物を見つけた。
オルガンだ。
また、この部屋には玄関よりも大きな十字架がある。
二人の表情に笑みが浮かんだ。
おそらくこの地域一帯を一日中回っていたんだろう。ほとんどの家ではにべもなく断られたはずだ。
一日の最後に、ようやく有望な家に当たったということだな。
「何かお飲みになりますか」
「いえ。本当に結構です。今夜は遅いので、ご挨拶だけに。また後日改めて伺いますので」
「まあ、そう言わずに。コーヒーで宜しいですか。この家のコーヒーは直接南米から取り寄せていますから、ひと味違いますよ」
さすがに、幾度も勧められたのに、断るのはどうかと思ったらしい。
「そうですか。ではお言葉に甘えさせてもらいましょう。コーヒーをお願いします」
この時、廊下に人影が現れた。
部屋のドアは開けたままだ。相手は女二人だし、その方が安心するだろうと思ったからだ。そのせいで、廊下に人が来ればすぐに分かる。
姿を見せたのは老婆だった。
「いいから。来なくていいよ」
その老婆に、「あっちに行け」と手を振る。
女たちがその仕草に気付いた。
「どなたかいらっしゃるのですか?」
「ああ、母ですよ。認知症で、夜昼なく徘徊するようになっています」
「お母さまの介護はご自分でなされているんですか?」
「ええ。勿論です。母親ですから」
ここで俺は立ち上がって、台所に向った。
コーヒーを淹れ、すぐに応接間に戻る。
「我が家自慢のコーヒーです。どうぞお試しください。少し苦い筈ですよ。生の豆を炒るところからやってますから、最初は甘くて、少し苦味も感じる筈です」
俺の誘いに、女たちがコーヒーを口にした。
ああ、やっぱり飲んだな。
俺は見た目では育ちの良い資産家に見えるようだし、同じクリスチャンなら気を許して当たり前だ。
ま、殆どの人がそうだけど。
今までに俺の正体に気付いたのは、たった一人だけだ。
そいつは十歳の女の子で、この長椅子に座ってしばらく俺を見ていたが、突然泣き出しやがった。
母親が「どうしたの?」と訊くと、その子は俺を指差して「この小父さんはとても恐い人だ」と叫びやがった。
その後がまた大変だった。
部屋の掃除をするのに手間が掛かったっけな。暴れるもんだから、そこらじゅう血だらけになったのだ。
その母親は俺の幼馴染みだった。小中と一緒で、運命が少し違ってれば結婚していたかも知れん。
殺すことになるとは思っていなかったから、あまり上手く行かなかった。
俺が殺した相手の中で、唯一、殺したくなかったのが、その幼馴染みだ。
「お二人は何時から今の信仰に入られたのですか?」
「二人とも親たちが信者だったのです」
「そうでしょうね。その若さなら」
世間話をする間、女の一人が小さく首を振った。
ずいぶん効き目が早い。
あんまり睡眠薬ってのを飲んだことが無いのだろう。
部屋の入り口に再び人影が現れる。
今度は老人だった。
その老人はぱっくりと割れた頭から、血をだらだらと流していた。
「おい。大人しくしてろ」
女たちがさすがにぎょっとする。
「ああスイマセン。皆さんに対して言ったわけではないのです。父が出て来ちゃいましたので」
「お父さんも今、家にいらっしゃるのですか」
「ええ。今はどこにも行きません」
そりゃそうだ。どこにも行きようがない。
父は半年前もに、俺が殺したんだからな。
鉈で頭を割ったのが悪かったのか、死んでからも、その時のままで出て来がる。
母もその時に殺したが、自分たちが殺されているのに、まだ息子のことを案じているらしく、こうやって時々この世に迷い出て来やがる。
どたんと音がして、一人が床に崩れ落ちた。
「え」
もう一人が俺の目を見る。
「もう遅いよ。あんたももう動けないだろ」
女の両目が細くなった。あと一分も眠気には耐えられまい。
さて、問題は明日のことだ。
これからこの女たちを凌辱して、殺すのは良いとして、もう家の庭には埋めるスペースが残っていない。
死体をどうやって処理すれば良いだろうか。
「ま、いっか」
バラバラにすればどうにかなるだろ。
ここで覚醒。
学生時代に、実際に夜中の11時を過ぎてから、若い女2人による布教訪問を受けたことがあります。
いずれもかなりの美人でした。そんな2人が、夜中に宗教の勧誘に来るなんて、「絶対におかしい」と考え、中には入れませんでした。美人を揃えたのは、若い男を引き込む戦略で、学生アパートを専門に布教に回っていたのだろうと思います。
丁寧に書き直せば、小説になりそうですが、似たような話があるような気がします。