日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎夢の話 第720夜 マンションの一室で

◎夢の話 第720夜 マンションの一室で
 21日の午前3時に観た夢です。

 我に返ると、俺はソファに座っていた。
 手製のカバーを掛けた長椅子で、格子縞の模様が鮮明だ。
 「こりゃ、女の人の部屋だよな」
 程なく、台所の方から女性が現われた。
 「あ。アコちゃん」
 アヤコだか、アキコだったか、とにかく俺が付き合っていた女だった。
 別れたことは憶えているが、それがいつゴロの話だったのか、まるで分からない。
 「ここはアコちゃんの部屋だったか」
 そう言えば、この部屋にも記憶があるような。

 「アコちゃん」は、ごく自然な振る舞いで俺の隣に座った。
 ま、椅子はこのソファしかないから、嫌でもここに座らざるを得ない。
 「元気だった?」
 「うん」
 間近で見ると、「アコちゃん」は俺と別れた時とほとんど変わっていなかった。
 「若いな。二十六七にしか見えねえ」
 前を向くと、正面に窓ガラスがある。外は暗いから、そのガラスに俺の顔が映っていた。
 「俺の方はもうオヤジジイだ。いったいこりゃどういう仕掛けだよ」

 もう一度、横を見る。
 「アコちゃん」は、何時の間にかコーヒーを飲んでいた。
 一体、何時持って来たんだろ。
 頭の上から足先まで、じろじろと「アコちゃん」を眺める。
 この辺、四十を過ぎた男は遠慮が無くなる。「若者」ではなく「オヤジ」に変じているのだ。
 しかし、「アコちゃん」はまるっきり、かつての姿だった。
 細い脚がすらっと伸びているし、オッパイが小振り。
 俺は付き合っていた頃を思い出し、「アコちゃん」ににじり寄った。
 「ねえ」
 肩に手を回そうとすると、「アコちゃん」が口を開く。
 「今さら、止めてちょうだい」
 しかし、そんなに嫌そうでもない。そもそも、本気で嫌だったら、隣になんか座らないだろ。
 「そんなこと言うなよ。久し振りに会った、会えたことだし」
 俺はぴたりと体を寄せ、「アコちゃん」の脚に手を乗せた。

 ちょうどその時だ。
 奥の部屋の方から、足音が響いた。
 たぶん、寝室の方だな。
 足音は廊下を通り、居間に入って来た。
 顔を上げて、その音の主を見ると、若い男だった。
 「なんだ。男と暮していたのか」
 ま、それもそうだな。あれからかなりの時間が経っているわけだし、別の彼氏がいてもおかしくはない。
 「この人は二年前からここに住んでる」
 何か、言い回しが辺だな。
 「この人と」ではなく、「この人は」なわけなの?

 男がこっちを向く。
 神経の図太い俺でも、さすがにヒヤッとした。
 間男がダンナの居ない隙に上がり込んでいたどころか、ダンナが寝室で寝ているのに、家に上がり込んで、彼女だか奥さんだかを口説いている。
 そりゃ怒りますって。
 ところが、俺の想像とは違い、男は俺や「アコちゃん」が目に入らないかのように、顔を背けた。
 「お前のダンナか彼氏かは分からないが、平気なのか」
 すると、「アコちゃん」が平然と答える。
 「平気でしょ。付き合っているわけじゃないもの」
 それも変な話だよな。一緒に暮しているのに、「付き合っていない」とは。
 欧米みたいに、『ルームシェア』ってやつをしてるのか。
 「アリエネー」
 日本人の感覚じゃあ、部屋の中に入るということは、布団の中に入るのと同じ意味だ。
 
 ここで男が俺のテーブルに目を留め、首を捻る。
 「おかしいな。昨日の夜にコーヒーなんか淹れた覚えが無いのに」
 しかも、カップは二つある。
 「気持ち悪いな。一体、誰が飲んだと言うんだ」
 男は少しく固まっていたが、十秒後に「ふう」と息を吐いた。
 「ま、昨夜はだいぶ飲んだし、訳の分からないことをやっててもおかしくない」

 俺はそれを聞いていて、ぷっと引き出した。
 「コーヒーカップどころか、ここに俺たちが座ってるじゃねえかよ」
 だが、男はまったく気付いていないような素振りだった。

 「アコちゃん」は平然とコーヒーを飲んでいる。
 ここで俺はその「アコちゃん」に訊いてみることにした。
 「ねえ。アコちゃんはもう死んでるのか?」
 すると、「アコちゃん」はこっくりと頷いた。
 「うん。あなたもね」
  「アコちゃん」はだいぶ前に死んでいたようだが、俺の方も死んでたんだな。
 「なるほど。それで合点が行った」

 暫くの間、思い出そうとしたが、俺はどうしても、自分が「何時死んだのか」、「どうして死んだのか」、「この娘と別れた後にどんな人生を送ったのか」等々、何ひとつ思い出すことが出来なかった。
 ここで覚醒。