◎夢の話 第752夜 街角で
夢は「記憶を流す水洗トイレ」で、凝り固まったものを吐き出し、水に流す場だ。そこで、夢の内容をきちんと分析すれば、自身の本心が分ったりする。自分で認めたくないことは、頭から消してしまいがちだが、どっこい心の深層ではきちんと憶えていて、デフォルメした上で投げ返して来る。それが夢。
これは15日の午前5時に観た夢だ。
我に返ると、街角に立っている。
「ここはどこだろ?」
都区内の「端っこ」の区の駅前商店街といった佇まいだった。
見慣れた風景のようでもあり、単に前に住んでいたところに似ているだけのような気もする。
建物の配置などはよく憶えているから、幾度もここに来ているらしい。
この辺で、ぼんやり気付く。
「ああ。ここは俺がよく夢に観る場所じゃないか。そうなると、今、俺は夢を観ているわけだ」
きっとそうだろ。第一、俺は自分の名前を思い出せない。
とりあえず、この待ちを歩いてみることにした。
車道は十㍍幅で、片側一車線。歩道はわりと広く、人が沢山行き来している。
人の間をすり抜けるように前に進むと、交差点の前に男達が三人立っていた。
見たことがある顔ぶれだった。
男の一人が俺を見つけ、声を掛けて来た。
「お。コンドーちゃん。いいとこ来たねえ。一人たんねえから、入ってくれない?」
男はこの近くの雀荘のメンバーで、他の二人が客だった。
まだ昼の二時過ぎだから卓が立たず、外に出て張っていたわけだ。
「となると、これは俺がまだ二十台の頃だな。千点二百円か百円くらいの安い店の人たちだ」
俺を「コンドー」と呼ぶのは、この仮名を使っていた一時期の知り合いだけになる。掛け麻雀をしていることは知られたくないから、最初は偽名で通していたのだ。
でも、「コンドー」は分っても、本名は何だっけ?
このメンバーは長身で185センチくらいある。大手M電機の管理職だったが、部下の若い娘と出来てしまい、これが揉めに揉めた。結局、居づらくなって退職したのだが、同じ業界には居たくなかったと見え、雀荘の店長をしている。
他はオヤジで、地元の金持ちだ。不動産を管理するだけだから、大体は雀荘に居る人種だ。
でも、俺はここで気が付いた。
「このオヤジ二人は、確かかなり前に死んだよな。俺はその一人の死に目を見送ったのだ」
延々と雀荘で死闘を続け、二日間通しで麻雀をぶった。交互に長椅子で寝たが、誰かが疲れると、寝ている者を起こして交替した。
この辺まで来ると、誰かが完全にパンクするまで止めないし、止めさせて貰えない。
三日目になり、そのオヤジが長椅子に行くと、すぐに鼾をかき始めた。
とてつもない大きな鼾だったが、他の者は勝負をしているので、異常になかなか気付かない。四五時間経ってから、「おかしい」と気付き、救急車を呼んだのだが、病院に着いた頃にはもうダメだった。脳梗塞だったのだ。
もう一人のオヤジは、俺がもう少し高い場に移ってから、しばらく経った頃に「ガンで死んだ」という噂を聞いた。
俺は内心で「おいおい。これって不味くないか。死んだヤツばかりが出て来やがる」と舌打ちをした。
すると、目の前のオヤジが猫撫で声で囁く。
「久々に付き合ってよ。コンドーちゃん」
ここで、目の前のパチンコ屋の扉が開き、客が出て来る。中のBGMが外に漏れ出ると、これも死んだ歌手の曲だった。
「ギイラギラ太陽が・・・」
ちょっと違うよな。こいつは俺が二十台どころか、はるかに前の流行り歌だし。確か小学生か中学生頃。
「仕事明けだし、今は帰るところです。今日はゴメン」
女房が赤ん坊と待っているからなあ。こんな日は帰るに限る。
すぐに背中を向けて、道を戻り始めた。
「早いところ現実世界に戻らねば。でも、どうやってこの夢から覚めればいいのだろう」
そこで閃いたのが、「車に戻る」ことだ。
この街には車に乗って来ていたから、もう一度、その車に乗れば、きっと体が憶えている。
「でも、その車はどこだよ」
どこに車を停めたかを忘れてしまった。
「いかんなあ。これじゃあ、女房子どものところに帰れやしない」
でも、俺はその女房と子どもの名前をどうしても思い出せなかった。
ここで覚醒。
同じ街のことを何百回も夢に観ているので、自分で作り上げたイメージに囚われているのだろう。登場人物が死人ばかりなので、いくらか呼ばれている面もありそう。
死んだ後にこの街に行くのは嫌だと思う。
でも、死者の多くはそういう世界に居て、生前と同じような振る舞いをしている。
ここで、「あの店長も、たぶん死んだな」と気付いた。今は70台後半だから、もしそうなっていも当たり前だ。