◎夢の話 第1K4夜 終着駅
二十二日の午後一時に観た夢です。
我に返ると、俺は駅のホームに立っていた。
ちょうど電車が出て行くところで、車両がホームを離れると直前だった。
「ありゃ。俺はこの駅に降りたのか」
周囲を見渡すと、はるか遠くまで十数本のホームが連なっていた。
「かなり昔の上野駅みたいだな。まさに終着駅だ」
不味い。
何百回も「電車に乗った」が、これは夢の方だ。
俺は夢を観ているのだ。
夢の「電車」は「時間」の象徴で、「旅」はイメージの通り「人生」なのだが。
「いよいよ不味い。俺はついに終点に着いてしまったじゃんか」
旅をする夢は幾度となく観たが、目的の「駅」には、これまで着いたことがない。
俺が人生の終点には着いていなかったからだ。
ううむ。ここで胸が痛み出す。このところ体調が悪いが、とりわけ心臓がイマイチだ。
頻繁に鳩尾がじりじりと痛む。
まだ「痛む」うちは死んだりせぬが、これが酷くなると、ずっしり重くなる。
今は腹の中が常にじりじりと痛んでいるから、痛み慣れしているのだが、このタイミングで「終着駅」はいかにも不味いよな。
「とりあえず外で考えよう」
冬のホームの吹きっ晒しの中で考えていてもしょうがない。
改札を出て、駅ビルに繋がったアーケードの方に向かった。
ふらふらと雑居ビルの中に入って行くと、すぐ二階に雀荘があった。
リーチ雀荘だ。
「帰りの電車に乗る電車賃も足りなそうだし、ここで少し稼いで行こう」
有馬記念のタネ銭も必要だ。
懐を探るが、ま、最初のチップ代くらいはナントカ。充分だな。
負けたらその時はその時で、この雀荘のメンバーに雇って貰いそれでしのごう。
雀荘に入るが、しかし、卓が立っていなかった。
店長らしきオヤジが寄って来て、俺に告げる。
「すぐに誰か来ると思いますから、そこで待っていてください」
指で示されたのは、店の片隅にある卓のひとつだった。
そこには先客が二人いて、ぼーっと酒を飲んでいた。
(俺が来たんだから、店員の一人が入れば卓が立つのに。)
席に座り、周囲と同様にビールを頼んだ。
二人の顔を見ると、どこかで見た顔のような気がする。
一人は五十台の遊び人風。もう一人は四十過ぎくらいだが、こいつは商店の二代目だったな。
「でも、二人ともかなり前に死んだはずではなかったか」
俺が盛んに雀荘に通っていた頃だから、俺自身が三十歳くらいの頃の客たちになる。
遊び人風の方はガンで死に、二代目も脳卒中で死んだ。
それも、俺の目の前で、救急車に乗せられたのだった。
「確かにこりゃいよいよ終点だ」
ビールが運ばれて来たから、つい口を付けそうになったが、俺はここで大切なことを思い出した。
ひとがあの世に入り込んでしまった時に、そこで飲食をすると、「もはや元の世界には戻れぬ」のだ。
自らそれを選ぶことは無いから、俺はビールには口を付けず、なるべく離れたところに遠ざけた。
麻雀が始まったら、つい習慣で無意識に手を伸ばし、飲んでしまうかもしれん。
卓はなかなか立たず、そのまま三十分が過ぎた。
俺は気分を変えようと、入り口のドアを開け、外に出ようとした。
外の様子を眺めながら煙草でも吸おうと思ったのだ。
すると、ちょうどその時、通路を通り掛かる五六人組が俺の前に来た。
顔を見ると、皆、俺と同じ年頃の「見知った顔」ばかりだった。
「おお。何でこんなところにいる。今から皆で忘年会だよ。連絡が行かなかったのか」
男たちは既に少し飲んで来ていた。
「俺はもう宴会には出ないんだよ。前にそう伝えただろ」
リミッターを越えると、普通の者なら「酔う」「泥酔する」だけだが、俺の場合は「死ぬ」可能性がある。実際、宴会に出ていた最後の方では、左程飲んでもいないのに家に帰れなくなり、ホテルに泊まった。
男の一人が「これから皆も来るぞ。女子たちもね。お前も来い」と誘う。
どうせ酔っているから、「きっとこいつらはもはや頭がよく働かない」と思い、「分かったよ。行けたらね」と答えた。
男たちはすぐ近くの居酒屋に入って行った。
その様子を眺めながら、俺は不都合なことに気が付いた。
「この終着駅は、間違いなくあの世の一丁目だ。皆が生きている者と同じ振る舞いをしようとする。だが生前と同じ振る舞いをしようとするのが、幽霊の性癖だ」
大丈夫か、お前ら。
「もしかして、お前らは死んでねえか?」
ここで飲んだり食ったりしてると、戻れなくなるぞ。
俺より先に死ぬ者に限って、「コイツより自分は健康だから、コイツの方が先に死ぬ」と思っている。
「でも、ひとの生き死には、健康状態には関わりなくやって来るものだぞ」
ま、今の俺はかなりヤバいけど。何せ、ここは終点だものな。
いずれにせよ大して変わりねえわけで。
ここで覚醒。
夢の「俺」は三十歳で、突発性心不全(昔で言うポックリ病)で死にかけた頃の姿をしていたようだ。
駅ビルのショーウインドウに映る自分の姿を見た。