◎夢の話 第1K5夜 牛頭観音
二十二日の午後十一時に観た夢です。
亡き母の実家を訪れ、伯父と話しているうちに夕方になってしまった。
伯父は「一杯飲んで、今夜は家に泊まって行け」と言う。
しきたり通り二度断ったが、酒を注がれたので、三度目は首を縦に振った。
伯父はよほど機嫌が良かったらしい。
夕食をご馳走になり、さらに酒を飲んでいると、勝手口に人がやって来た。
分家の勝三さんだ。
勝三さんは四五百㍍離れたところで、肉牛の繁殖を営んでいる。
勝三さんは成牛を六十頭は飼っているから、牛だけで数億円の資産を持つ。
その時、俺は勝手口の傍にある囲炉裏に座り、炭を眺めていた。囲炉裏の炭火を眺めるのは、酔い覚ましにはちょうど良い。
そこにビニールの前掛けを掛けた勝三さんが入って来たのだ。
俺を一瞥すると勝三さんは「あ。こりゃどうも久しぶり」と会釈をした。
「本家はいますか」
「ええ。居間の方に」
俺が腰を上げて、居間の方に伯父を呼びに行った。
伯父が姿を現わすと、勝三さんが言った。
「ちょっと来てくれねが。すぐに見て貰いたいものがある」
勝三さんの顔が青白い。
何か予想外のことが起きたのだが。
取るものもとりあえず、分家に向かうことになった。
伯父が「おめも来るが?」と誘うので、俺について行くことにした。
勝三さんの家に着き、三人ですぐに牛舎に向かう。
牛舎の一角には、藁敷きの場所に牝牛が腹ばいになっていた。
「さっきコイツが子を産んだのす。ところが」
藁の山の後ろに、その子牛らしき頭が見えている。
「ちょっと普通じゃないのが出て来てしまってな」
勝三さんが顎をしゃくる。
伯父と俺は、その子牛に二歩近づいたが、そこでことの事態が分かった。
「わ。こりゃ何だ」
俺の方は言葉も出ない。
そこには生まれたばかりの子牛が居る筈だった。
実際、そこにいたのは頭が牛だったが、しかし、胴体の方は人間の姿をしていた。
「うわあ。何だこれは。気持ち悪い」
頭は確かに牛の頭なのだが、首から下は人間のこどもだ。
「雌だな」
「雌だ」
すると、そこでその雌の人牛が啼き声を上げ始めた。
「おぎゃあ。おぎゃあ」
これで俺は思わず後退りした。
牛の啼き声が、まるで人間の赤ん坊の声と同じだったからだ。
勝三さんは予め用意していたようで、哺乳瓶を取り出すと、子牛の口に含ませた。
人牛が泣くのを止め、一心に乳を飲み始める。
「こんなのはとても残しておけね。絞めた方がいいべか」
だが、伯父が言下に否定した。
「そりゃダメだ。コイツは神さまだからな」
「え。神さま?」
「前にもこういうのが生まれたことがあるがらな」
伯父によると、けして公にはされぬが、五十年に一度くらいの頻度でこういう怪物が生まれるのだという。
「前は昭和十六年で、ほれ新田の富治さんとこだ。おめはまだ生まれてねがら知らねえだろうが、おれは五歳だったから、よく憶えている」
この地に言い伝えがあり、もしこの人牛が生まれたら、六歳になるまで大切に守り育てねばならぬと伯父は言う。
そして、六歳になったら、その人牛を神に捧げる。
「ほれ。牛頭観音だ」
「でも捧げるってのは?」
「櫓を組んで、そこに安置し、火を点ける」
文字通り、天に還すということだ。
「そりゃちょっと心苦しいところがありますね。この子牛は人間に似すぎていますから」
すると、伯父はため息をひとつ吐いて、呟くように言った。
「似ているどころか、ひとの言葉を話すのさ」
三人は暫くの間黙りこくる。
俺は「頭が牛で、胴体が人」の娘が「助けて」と叫びながら焼け死んでいく姿を想像した。
人の言葉を話すが、牛から生まれた者だから殺人にはならない。
もちろん、到底、我慢出来ぬ光景だろう。
伯父が口を開く。
「コイツを育てるのは難しい。だが、きちんと扱わねばならねのだ。もし上手く育たず、六歳を迎える前に死んでしまったら、この国に大きな災禍が降り注ぐことになる。ふたつ前の時には震災が来たし、前の時には戦争だ」
「じゃあ、原爆が落とされたのも、コイツが死んでしまったから」
「そうらしい」
ここで伯父が勝三さんに言う。
「おらほの蔵のひとつを空けて、部屋を作るから、そこで交代で世話するべ。いいな」
頭が牛の姿をした子どもを世間の目に晒すわけには行かぬので、蔵に隠して育てるのだ。
当然外には出さない。
俺は赤い着物を着た子供が座敷牢の中に座る姿をイメージした。
その子が普通の子と違うのは、「頭が牛」だってことだけ。
「コイツは人の牛だから、別名で『件』とも呼ばれる神様だ。無事六歳になり、天に還すところまで行き着ければ、牛頭観音として崇められる。そして、この地域だけでなくこの国がどんどん栄えることになるわけさ」
「じゃあ、福神ですね」
「そうでもねえ。今まできちんと育った例を知らねがらな」
それでは、この世に災禍を招く怪物と同じことだ。
人牛の子は藁の山に腰を下ろし、両手で哺乳瓶を抱えて、ごくごくと乳を飲んでいた。
「まるで人の子だ」
「まったくで」
三人は人牛を見下ろしながら、半ば途方に暮れる。
ここで覚醒。