日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎夢の話 第989夜 雲の裂け目

◎夢の話 第989夜 雲の裂け目

 二十日の午前四時に観た夢です。

 

 我に返ると、フロントガラスの前が霧で覆われていた。

 「うひゃあ。全然先が見えないじゃないか」

 俺の人生と同じだ。

 だが、冗談を考えている場合ではなく、仮に前に車が停まっていれば、無防備にそのまま突っ込むことになる。

 「車だと?」

 車にしては運転席が小さすぎるよな。

 そこでさすがに気が付く。

 「こりゃ車じゃないぞ。飛行機のコクピットの中だ」

 じゃあ、これは「霧の中」ではなく「雲の中」ってこった。

 数秒で霧ならぬ雲を通り抜け、急に青空が広がった。

 

 「前が見えるのは良いが、しかし、俺は飛行機の運転、じゃなく操縦なんて一度もしたことはないぞ」

 どうやって、ここから飛行場に降りるのか。

 そもそも、飛行場に行くにはどうすればいいんだよ。

 カーナビみたいなヤツはないのか?

 

 だが、操縦稈を握っているうちに何となく体が思い出した。

 どうやら俺は「ボケ老人が散歩に出て、帰るべき家が分からなくなった状態」だったらしい。

 しかし、心配は無用だった。 自転車は一度乗れるようになると、長く乗らずにいても難なく乗れると言う。今の俺もそれと同じだ。

 ほんの二十秒後には、視界の先に飛行場が見えて来た。

 広大な畑の中に、ポツンと滑走路がひとつだけある。

 

 俺はそのままその飛行場に着陸した。

 ぶるんぶるんとプロペラが止まる。

 滑走路の傍に、小さな町工場みたいな小屋があったから、俺はその中に歩いて行った。

 誰か人がいれば、ここがどこだか訊こうと思ったのだ。

 工場の中には、男が一人いて、何かトラクターみたいな農機をいじっていた。

 「こんにちは」

 俺は「今日は」と日本語で言うつもりだったが、口から出たのは英語だった。

 あれあれ。頭の中と実際の行動にずれがあるぞ。

 「ちょっとお尋ねしますが」

 やっぱり英語で話している。

 すると、でっかいトラクターのタイヤの陰から、男がこっちに顔を向けた。

 年の頃は三十台の半ばだろう。金髪の頭で特徴的な顔をしている。

 「わ。この人は・・・」

 どこかで見た顔だ。この面構えは・・・。

 ぼんやりと浮かんで来た記憶によれば、この男は英国の首相だった。

 (うへへ。コイツは夢だ。俺は夢の中にいるのだ。)

 俺はこの人の風貌が好きらしく、時々、この男が夢の中の登場人物として現れる。

 風貌が「この人のお父さんは、絶対に労働者だよな」と思わせるためだ。息子が首相になった後も、普通に炭鉱で働いていそう。

 

 「ここに知らん人が来るのは珍しいね」

 男が布切れで手の油汚れを拭いている。

 「今年はまだ農薬散布の季節じゃないけれど、何か用事でもあったの?」

 と訊かれて、俺は俺が何故ここに来たのか、あるいは何故セスナ機に乗っていたのかを「知らない」ことに気が付いた。

 おまけに自分の名前すら分からない。

 

 「我を忘れるというか、飛行中に何が何だか分からなくなったようなのです」

 すると、男が小さく頷いた。

 「低酸素症じゃないか。高度を上げ過ぎたんだろ。脳に酸素が回らずに、意識障害が起きる。良かったよな。墜落せずに降りられて」

 そうだったか。それなら説明がつく。

 俺は五感の感覚だって完全に備えているから、これが夢だってことは有り得んな。

 「ひと休みすれば記憶が戻るよ。紅茶でも淹れてあげよう」

 「すいませんね。有難うございます」

 こういう時に「すいません」と言うのは、確か日本人だけだったよな。

 “Excuse me”でも変なのに、時々、慌てて“Sorry”と言う人もいる。

 一体何を謝っているんだか。

 こういう日本人の性癖を悪用する半島人がいるから、何でも謝る習慣はもう止めるべきだ。

 「やれよな」でよい。後に「しないと殴るぞ」だ。

 

 「俺はスタンリーって言うけど、あんたは?」

 「ううう。まだ自分の名前も思い出せぬ状態でして」

 と答えつつ、「スタンリー」は現実のジョンソン首相の父親の名だってことを思い出した。

 本物のジョンソン首相の父親は炭鉱労働者ではなく、長らく政治家だった。確かEUの議員だったような記憶がある。

 (俺は、あのちょっと下品なジョンソン首相の風貌が好きなのに、少し残念だな。)

 

 俺はその場にあった椅子に腰かけていたが、すぐ近くの作業台の上に新聞があるのに気が付いた。

 新聞を手に取って見ると、その新聞には、なんと一九六八年の六月四日と記してあった。

 「え。そんな馬鹿な・・・」

 俺が飛行機に乗り込んだのは二〇二一年の筈だよな。

 ここでぼんやりと記憶が蘇る。

 俺は飛行機の免許のまだ「取り立て」で、単独で長距離飛行をするのは、これが初めてだったな。

 

 ここに「首相のオヤジ」がやって来た。手にはティーカップをふたつ持っている。

 あと五歩の距離まで男が近づいたところで、俺は我慢しきれず声を掛けた。

 「ねえ。今日は六月四日なの?」

 「え。そりゃそうだよ。日付もまだ思い出せんの?」

 「一九六八年?」

 「そう。間違いない」

 俺は六十年台のことが好きで、細かいことまで知っていた。

 「それじゃあ、明日五日に米国の大統領が暗殺されるよ」

 「え。ロバート・ケネディが?そんな馬鹿な話はないよ。お兄ちゃんの事件と混同してるんだろ」

 「いや。時差があるからここでは何時かは分からんが、明日には事件が起きる」

 男がにっと笑う。

 「それじゃあ、すぐにSISに電話しなくちゃならんな。もしそれが事実なら、それを知る者は暗殺者の一味だってことだ」

 「本当だ。誰でもそう思う」

 ここで俺は確信を得た。俺は何かの仕掛けで、過去に戻ったのだ。

 確か、空を飛行中に、「何かの間に入った」と思ったが、きっとその時にタイムスリップしたのだ。

 「皮肉なもんだな。俺はそういう物語が一番嫌いなんだよ」

 あとは男女の心が入れ替わるとか、リアリティのまるで無い話は楽しめない。

 

 男が「へ?」と訊き返す。「何か言った?」

 「いや何でもない」

 首相のオヤジは、俺の話をまるで信用していないらしい。

 そりゃそうだ。こんな話を一体誰が信じる?

 それなら、「与太話」で通すか、「都市伝説」に進むべきだな。

 

 俺にとってはたぶん夢だが、この男には、もちろん、そうではない。男の意識の上では、男自身は実存に外ならない。男から見れば、俺の方が「まがい物」の筈だ。

 「俺がジェームズ・ボンドでない場合は、未来人だって可能性もあるよね」

 せっかくだから遊んでおこう。

 男は笑いながら「それもアリだね」と頷く。

 「今思い出したよ。俺の名前はジョン・タイタ-って言うんだ」

 こりゃ通じねーや。タイターが現れるのはまだだいぶ先だし、それも米国の話だものな。

 

 ここで俺はさらに悪戯心を起こした。

 「ミスター・ジョンソン。君に良いことを教えてあげるよ」

 男がここで初めて首を捻る。

 「あれ?俺は名字を言ったっけか。スタンリーとだけ名乗ったような気がするが」

 俺は構わず話を前に進めた。

 「今年一九六八年の凱旋門賞は、ヴェイグリーノーブルって馬が勝つ。これは一番人気だから、あまり金にはならんが、来年はレヴモスという十四番人気の馬が勝つ。よく覚えておくと良いよ」

 「え。今年の凱旋門賞には、まだどの馬が出るかさえ決まっていないよ」

 「俺は未来人だって言っただろ。俺にとっては過去のことなんだよ」

 「はっはっは。そりゃそうだ。仮にそれが過去に起きてある出来事なら、記録をなぞれば良い」

 「君がツイているのは、俺が最近、競馬好きのクイズ大会に挑戦したばかりだってことだ。凱旋門賞勝馬なら全部記憶してある」

 何せ、俺の人生は「飲む・打つ・買う」だったことだしな。

 「スタンリー君はすぐに忘れてしまうだろうけど、今年の凱旋門賞の結果を見れば、きっと俺のことを思い出す。勝負は来年だからね」

 「いや、もし明日、米国の大統領が撃たれたら、有り金全部をヴェイグリーノーブルに賭けるよ」

 さすが英国人だ。競馬が余程好きらしい。

 「凱旋門賞はフランスだよ。フランスまで行かなくちゃならんけど」

 「大丈夫、俺はフランス育ちだもの」

 なるほど。ボリスの祖母で、スタンリー・ジョンソンの母はフランス人だったな。

 

 お茶を飲み終わったところで、俺は自分の居るべきところに帰ることにした。

 「スタンリー。そろそろ俺は帰るよ。さっきのことを忘れるな。今年は少しだが、来年は全財産をぶち込め。その頃は俺のことを信じているだろうから、行けるだろ?」

 「ああ。明日、大統領が撃たれたら信じる」

 だしに使ってしまい、R・ケネディには少し気の毒な気がするが、思うままに生きた人だろうから、それも運命だ。

 「SISに電話してみるという手もあるぞ。暗殺事件を防げるかもしれん」

 「そいつはダメだね。本気にするヤツはいないし、もし事前にそれを告知したら、たぶん、俺は刑務所行きだ。それに、運命を変えたら、半年後に核戦争が起きるかもしれん。核戦争は起きてはいないんだろ?」

 「ああ、起きなかった。世界が滅ぶんだから核ミサイルなど誰も撃ちませんって」

 

 飛行機に乗り込もうとすると、スタンリーがすぐ近くまで見送りに来た。

 よほど俺の話が面白かったと見える。

 人は自分の信じたいことを信じる。だから、コイツもきっと俺の話を信じる。

 では、もうひと押し背中を押してやることにした。

 「莫大な財産を得た君は、すぐに政治家になる。そのうち、欧州を統一する現代版のローマ帝国みたいな連合が出来るから、そこの議員になるといいよ。そして、君の息子のボリスはゆくゆくは英国の首相になるからな」

 男がいよいよ驚く。

 「え。息子は今、後ろの家に居るよ。俺は息子がいることを伝えたっけ?」

 俺は「そりゃ、俺は未来人だもの」と告げて、コクピットに入った。

 俺の知るスタンリー・ジョンソンと、このスタンリーはちょっと設定が違うが、そんなことは「言わぬが華」だ。なるべく動かさずにいれば、俺の知る歴史を進むはずだ。

 

 エンジンが始動し、飛行機が前進する。

 俺は再び空に舞い上がった。

 前を見ると、かなり上空に大きな「裂け目」が出来ていた。

 「なあるほど。俺はあそこに入り込んだわけだ。それなら、もう一度あの中に入れば、元の世界に戻れる」

 さもなくば、全然別の世界に突き進む。

 ま、それもよかんべ。万事にバクチは付き物だし。はは。

 

 目の前に「裂け目」が広がる。

 「こりゃ、まるで・・・」

 まさに女陰だな。

 俺は速度を上げて、その空間の「裂け目」に突入した。

 「やっぱり、こういうことだな」

 俺の高笑いが天空に響き渡った。

 ここで覚醒。