◎夢の話 第934夜 中継寄港地で
11日はお寺・神社に行くはずが、どうにも体調が悪く、昼過ぎから居間で眠り込んだ。その時に観た夢です。
夢の中の「俺」は三十歳過ぎくらい。
乗っていた飛行機にエンジントラブルが発生し、ある国のローカル線の空港に着陸することになった。
アナウンスでは「修理には少なくとも十二時間かかる見込みです」と言う。
乗務員に「その間何をしてればいいの?」と訊くが、返事は「ご自由に」だった。
国内線だけの地方空港だから、国際空港みたいに金網で囲われているわけでもなく、容易に出入り出来る。
ここで降りる人はいないから、入国審査も不要だった。と言うより、空港のある場所が島だから、どこかに行こうとしても行けないのだった。
係官からは「どこに行ってもよいが、二時間前には戻ること。治安があまり良くないから気を付けること」と言い渡された。
だが、空港の近くは、地元民相手の小さい商店街があるだけで、他に何もない。
ホテルも無いから、どこかで休むわけにも行かない。
仕方なく、商店街の路地の一角にあった屋台同然の店のテーブルに座り、時間を潰すことにした。
十時間後には深夜になっているが、ここは夜中の2時3時までやっているらしい。
おんぼろな板のテーブルを前にして、ビールを頼んだ。
「これからここで何リッターのビールを飲むことになるんだろ」
島の中心街は、車で40分らしいから、そっちに行き、安宿にでも寝っ転がるか。
そんなことを考える。
すると突然、背後から声を掛けられた。
「あのう。日本の方ですか」
顔を上げると、そこに若い女の子が立っていた。
小麦色に焼けた肌だが、流ちょうな日本語からすると、日本人らしい。
年の頃は十九から二十ちょっとくらい。肩までの髪の長さだ。
どこかで会ったことがある気がするが、ま、他人のそら似だろう。
「そうですが。あなたも日本人?」
「ええ。ここのことはまるで分からないし、私には連れがいないので、ご一緒させて貰っても構いませんか」
ま、若い女性が一人きりで旅しているなら、それもそうだろう。
ここは目的地とは似ても似つかぬ田舎町だし。
「え。いいですよ」と答える。
あの飛行機には客が少なくて30人くらいしか乗っていなかったし、日本人は、たぶん、この二人だけ。
俺もこの女性と同じくらいの時に、まったく何も前準備をせずに旅に出た。
アジアの街に降り立ったのが夜中の3時で、空港の外には人相の悪い男たちだらけ。
だが、そこで一人の日本人に声を掛けられて、色々教えて貰った。
「今からなら、※※ホテルってところに行けば泊まれる。タクシーに乗る時には料金をしっかり確かめてから乗らないとボラれるよ」
教えて貰ったのはたった一言だが、あの人に会わなかったら、途方に暮れていたことだろう。
そのお礼をするには、こういう時だろうな。相手は違うけど。
そこに店主なのかは分からぬが、中年の男が寄って来た。
「あなたはどこから来た?中国人か日本人か」
割と分かりよい英語だった。
「日本人だよ」
「そいつはいいね。今日はなんでここに?」
「飛行機のトラブルで、たまたま寄ることになった」
すると、そのオヤジが大きく頷いた。
「そりゃ大変だね。それじゃあ、せっかく来てもらったから、俺が一杯奢ってやろう」
と、店の奥に目配せをする。
すると、程なく若い男がビールの小瓶を二本持って来た。
「とん」と置かれたビール瓶の口は既に開けられていた。
「どうも有難う」と手を上げて、オヤジに挨拶をした。
それから、前に座る女の子と少し話をした。
ま、女の子と同じ年頃だった時の昔語りだ。
それと、今年生まれた俺の娘のことだ。父親だから、娘の話をすれば長くなる。
相手の話を聞く前に、俺は自分の娘のことばかり長く話した。
小瓶だから自分のビールはすぐに空いた。
代わりを頼もうとすると、女の子が「私は飲みませんから」と自分のを俺にくれた。
それを飲んでいるうちに、俺は急に眠くなって来た。
椅子に座っていたのだが、体が傾き、自分を支え切れなくなる。
斜め座りになると、周囲から人が寄って来た。
「何だろ」
そう思う間もなく、「何するの!」という女の子の声が聞こえた。
男が女の子のリュックを引っ張っている。
それにその子が抵抗しているのだ。
「やめて!!」
その時、俺の方は椅子からずり落ちようとしていた。
男が女の子ごとリュックを引きずって行く。
俺は視界の端でそれを見ていたが、すぐに目の前が暗くなった。
気が付くと、俺は商店街をかなり外れた土手の下で寝っ転がっていた。
手荷物は無く、裸足だった。
「睡眠薬強盗にやられたか。靴まで持って行くとはな」
だが、あの子はどうなった?
立ち上がって、土手を上がると家々の裏にある細道だった。
子どもがいたので、「ポリスはどこ?」と訊ねた。
子どもが指で示す方角に進むと、20分ほどでごく小さな警察署に着いた。
そこで状況を説明したが、そこには英語を話せる者が居なかったので、近くに住む高校の教師だとかいう人が来るまで、所内でだいぶ待たされた。
警察官や教師と一緒に元の店に戻ったが、そこにいたのは見知らぬ顔ばかりだった。
店主も俺が会った男とは別人だった。
これはまあ、犯罪現場ではよくある。
おぼろげな記憶を辿り、女の子が連れ去られた方向に進んでみた。
まだ明るい頃の話だし、途中で誰かが見ていたかもしれんからだ。
女の子は俺が放り棄てられたのとは、反対側の方角に捨てられていた。
女の子は川岸に生えた灌木の下に浮かんでいたのだ。
強盗によほど抵抗したのか、あれからすぐに殺されたようで、衣服にさほどの乱れはなかった。
警察署に戻ると、あの子の遺留品を渡された。
「日本に帰り、この女性の家族に渡して貰えますか?それで本人と確認出来るでしょう。それとも、貴方がこの子を国に連れ帰ってくれますか」
これも何かの縁だし、俺の方は仏を運ぶことに異論はないが、それもこの子の家族と話をしてからの話だ。
大使館に電話をして、この子の家族に連絡をくれるように手配して貰うことにした。
遺留品を確かめると、その中に書きかけの手紙があった。
父親に宛てたものだ。
「お父さんへ。急に家出をしてご免なさい。お母さんが死んでから、まだそれほど時間が経っていないから、気持ちの整理がつかなかったのです。・・・」
あの子は父一人子一人の家族だったのか。
俺はここでため息を吐いた。
「なんてこった。俺はあの子の名すら憶えちゃいないや」
最初に聞いた筈だが、その一度きりで、あとはすぐに薬を飲まされたから、記憶が飛んでしまったのだ。
俺はここで、警察官に告げた。
「この子は俺が連れ帰ります。この子の父親には、恐らく耐えられないだろうと思います」
我知らずのうちに涙が零れる。
俺は生まれたばかりの自分の娘に、この子の姿を重ねていたのだ。
それから、俺は名も知らぬ娘のためと、娘を亡くした父親のためにさめざめと泣いた。
ここで覚醒。
長い夢だったので、途中の話を省略した。
眼が覚めた時には、号泣に近い状態で泣いていた。
「どこかで見たことのある女の子だ」と思ったのだが、それもその筈で、つい数日前に車の後ろに乗っていた子だった。
外国人だと思ったが、日焼けしていただけらしい。
その子が死んだのは70年代の末のことだから、もう40年くらい経っている。
長い時を経て、ようやく国に帰って来たわけだ。
すぐに放り出したりはせず、ゆっくりとご供養することにした。
理由が解明できると、その途端にがらっと体調が良くなる。
目覚めてしばらくしたら、昨日の不調が嘘のように消えている。
あくまで「想像や妄想」の域の話なのだが、現実に影響する部分もある。
その子の名前は「※ユミ」か「ユカ」だと思う。