◎夢の話 第650夜 幽霊少女
22日の午前3時に観た夢です。
大仙池に幽霊が出ると聞く。
逃げ帰って来た者が何人も出て、ニュ-スになった。
画面では、近くの住人がコメントをしていた。
「誰か何とかしてくれないかしら」
霊能者やらが何人も行ったが、状況は変わらない。
「それじゃあ、そろそろ俺の出番だろ」
俺は強力な霊能者、ではなく、ただの物好きだ。
話のネタになるだろうから、さっそく池に行くことにした。
腹を決めると気が急いて、夜中じゅう車を飛ばしたので、池に着いたのは、まだ早朝のうちだった。
少しずつ夜が明けつつあるが、まだ薄暗い。
「これじゃあ、早過ぎるよな。とても幽霊の出時じゃない」
おまけに、おどろおどろしい「沼」みたいなところを想像していたのに、周囲には別荘みたいな建物がたくさん建っているし、池にはボートまで浮いていた。
「想像とは違うよな。ここは普通の保養地だもの」
溜め息をついて、池を眺めると、池の辺に人がいた。
「なんでまた、こんな朝早くに」
この時には、幽霊のことなどすっかり忘れていた。
近づいてみると、池の土手にしゃがんでいたのは、十歳くらいの少女だった。
白いシャツに短パンを穿いている。
シャツは下着で、昭和を思い出させる出で立ちだった。
「こんな朝早く、何してんの?」
池に落ちても、周りには人がいないから、溺れてしまう。
少女が俺を仰ぎ見る。
「男の子を待ってるの」
「この時間に?」
「うん。どこへ行ったのか、なかなか戻って来ないから、ここで待ってる」
その答えを聞いた瞬間、俺の頭で閃いた。
その男児は、きっと行方不明になった子なんだな。同級生が消えて、何日も帰って来ないから、この子は心配して池の辺に出ているのだ。
でも、これくらいの女児が人気の無い場所に一人で立っていたら、悪い大人に狙われるかもしれん。
それとも、そんな風に殺された子どもの幽霊なのかも。
俺の頭をこの池に出るという幽霊の話が過ぎる。
戻って来ぬという男の子か、あるいはこの子が幽霊だったりして。
「友だちが心配なんだろうけれど、この時間に一人で座っていたら、色んな意味で危ない。早く家に帰りな。家はどこ?」
「あっち」
少女が指差す先を見ると、かなり高い丘の上に数軒の家が見えていた。
「あそこの家なのか?」
「うん」
しかし、どう見ても2キロはありそうだ。
「あんな遠くなの」
「そうだよ」
丘に向かう道は、雑草の生い茂るごく細い道だった。
子どもを一人で帰すわけには行かないよな。
「じゃあ、小父さんが家まで送ってってあげる」
頭のどこかで、「ここを他人が見たら、俺のことを変態オヤジかと思うだろうな」という声が聞こえる。だが、もちろん、この子の安全のほうが大切だ。
少女と二人で、道を並んで歩き出す。
少女はさりげなく、俺の手に自分の手を滑り込ませて来た。
手の感触が暖かい。
やっぱり幽霊じゃなかったわけだな。
俺はくすくす笑い出した。
「さっきまで、俺は君のことを幽霊かもしれないと思っていた。ほんの少しだけどね」
少女はそれには答えず、別の話を持ち出した。
「小父さん。死ぬとその瞬間に、ほとんどのことを忘れてしまうんだってさ。知ってる?」
「いや、聞いたことがないな」
「死ぬと、思考能力が無くなって、心だけの存在になるらしいよ。だから、前のことを思い出そうとしても思い出せない。その時々に感じた心の動きだけを憶えているんだって」
「ふうん。それじゃあ、死んだ後、どこに行けば良いかが分からなくなって、この世を彷徨う幽霊になってしまう人がたくさん出るだろうね」
「うん。そうなの」
しかし、生きている人間だってさほど変わらない。
「小父さんなんか、もう認知症にかかっているのか、前の晩に何を食べたのかも憶えていない。つい数日前にも、強い薬をうっかり2回飲んで、死にそうになったほどだ」
すると、少女が真面目な口調で俺に尋ねる。
「それじゃあ、昨日のことで憶えていることは何?目覚める前のことだよ」
ここで俺はゆっくりと思い出してみた。
「ここには5時間運転して来たけど、その前は喫茶店でお茶を飲んでいた。その時にここの話を見聞きしたんだものな。その前は家で仕事をしていた。目覚めたのはその前だから」
あれ?一昨日、俺は何をしていたのか。
ほとんど思い出せない。
「小父さんは本当に認知症なのかもしれないな。一昨日のことがどうしても思い出せない」
それだけでなく、その前のことだってひとつも思い出せない。
すると、少女が急に立ち止まる。
「じゃあ、わたしのことを思い出せないのも当たり前だね」
大人びた口調に、俺は少女の顔をまじまじと見た。
その子の視線は、どこか懐かしい。
「君には前にも会ったことがあるような気がするなあ。どこだろ」
俺が首を捻ると、少女が答える。
「少し頭を下げてみて」
言いつけ通り、俺は腰を屈める。
少女は俺の頭に手を伸ばし、ゆっくりと撫でた。
「ほら。こうすれば思い出すでしょ」
目を瞑って撫でられていると、俺は不意にその感触を思い出した。
「母さん。母さんなのか」
ここで俺は目を開いて、少女に向き直る。
少女の視線には、かつての母の光が宿っていた。
「お前が迷っているから、わたしが迎えに来たんだよ。行くべきところに、自ら気付かねば、何時までも彷徨うことになるもの」
母の言葉で、俺はようやく自分が死んでいることを思い出した。
「そうだったのか。俺は今まで総てのことを忘れていたのか」
大仙池の幽霊とは、結局、俺自身のことだった。
俺はようやく俺の向かうべき先を知り、そこに向かって足を踏み出した。
ここで覚醒。
眠る度に夢を記憶したまま目覚めるのですが、頭が休まりません。
これが悩みのひとつになっています。