日刊早坂ノボル新聞

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◎夢の話 第789夜 アモン再び

◎夢の話 第789夜 アモン再び

 二十日の午後一時の午睡中に観た夢です。

 

 約束の場所は公園のベンチだった。

俺は割とその場所に早く着いたから、そこで座って待っているうちに、つい居眠りをしていた。おそらく二十分は眠ったことだろう。

 鳥の声で目が覚める。

 すると、隣に女の子が座っていた。

 十歳か十二歳くらいの小学生だった。

 俺が目覚めたのを知り、その子が声を掛けて来た。

 「目が覚めた?」

 口調がませている。ま、これくらいの女子は背伸びをして大人の真似をするもんだ。

 すると、女の子は茶封筒を差し出した。

 「はい。これがお給料です。前渡しにしときますからね」

 え。俺に発注したのはこの子だったのか。

 

 俺のバイトは「話し相手」だ。専ら相手の話を聞くだけなのだが、割合、注文が多い。

 聞き上手なのと、他に取り柄があるためだ。客には言わぬが、暫くの間、話を聞いているうちに、その相手が抱えている悪縁が俺の方に移って来る。俺の方がはるかに居心地が良いためだ。三時間もあれば、完全に悪縁が消失するから、心が晴れる。

そのため、ほとんどの客は別れ際に泣きながら礼を言う。

 これが評判となり、頻繁に頼まれるから、今では会員制にしている。

 誰か既登録の会員の紹介が無ければ受けないことにしたわけだ。占い師やカウンセラーではなく、実働部分が大きいから、そうせざるを得ない。何せ、相手と別れた後には、今度は拾った悪縁を祓い落す必要が生じる。

 

 「まさか君のような子どものリクエストだったとは。あれあれ。こいつは大丈夫なのかな。未成年が自己判断で物やサービスを買えたかどうか。法律ではどうなっていたっけ」

 女児がクスクス笑う。

 「そんなのは、親がいて、その親がクレームを言って来た時の話でしょ。わたしには親はいないし、誰も貴方に文句なんか言わないよ」

 「メールだけじゃどんな人だか分からないしね。誰の紹介だったっけ」

 「田村さんてことになっているけど、実はそれもわたしが書いたの」

 俺は少し考えたが、封筒を返すことにした。

 「やはり子どもからは受け取れない。大人になり、五十歳くらいになって、どうしても心の晴れぬ時があれば、また連絡するといいよ」

 ま、俺の客は四十五歳から五十台の女性が大半だ。子どもたちが大きくなり、ダンナには相手にされなくなっている。それだけなら別に問題ないのだが、中には心の闇が深くなってしまった人がいる。カウンセラーでも対応出来なくなれば、もう俺みたいな者を頼るしか無くなる。大体、そう言う時には悪縁が寄り付いているからだ。

 すると女児はもう一度にっこり笑った。

 この年頃の子どもが見せるような心底からの笑顔だ。

 「やっぱりそう言うと思った。君は見た目と違って律儀だからね」

 

 この女の子。俺のことを「君」と呼びやがった。

 だが、俺はそれでピンと閃いた。

 「お前。もしかして、前にも会ったことはないか?」

 女児は嬉しそうに、俺の次の言葉を待っている。

 俺はそこで確信を持った。

 「アモン。お前なのか」

 すると、ここで女児が頷いた。

 「ふふ。随分久しぶりだね」

 この時、女児の顔が本来の悪魔顔に変わった。

 

 「アモン。最後に会ってからもはや十年は経つ。一体、どこで何をしていたんだよ」

 「はは。僕は忙しいからね。何せ僕の担当は三百万人もいるんだよ。次から次へとあの世に送らねばならんから、休む暇もない」

 そう言えば、コイツの仕事は「死に間際」の者をあの世に連れて行くことだった。

 十年前のあの日、俺は末期癌の患者だったのだが、余命幾許もない中でコイツに会った。

 コイツは俺の「お迎え」に来たヤツだったのだ。

 だが、どういうわけかコイツは俺をあの世に連れて行かなかった。

 どこか馬が合ったこともあるのだろうが、理由は今にしてもよく分からない。

 

 「今は感染症が流行しているから、確かにお前も忙しい筈だな」

 するとアモンは首を横に振った。

 「別に大して変わらないよ。この国じゃあ、毎年百万人以上が命を亡くすわけだしね」

 「じゃあ、なんで」

 と言い掛けて、俺は今の事態に気付いた。

 「おい。まさかこれが俺の本番なのか」

 アモンはひとの魂を死の国へ誘う水先案内人だ。コイツが来たということは・・・。

 するとアモンは小さく苦笑を漏らした。

 「まだ大丈夫だよ。何時までOKとは言わんけどね。でも君は自分で思っていたより長く生きたよね」

 本当だ。十年前のあの時も、俺は末期癌だったのに、コイツと会った後、その癌が寛解してしまったのだ。

 その後も繰り返し重病に罹ってはいるが、しかし、死ぬことなくやって来られている。

 

 「それじゃあ、何でまた現れたんだよ」

 「僕だって休みたい時はあるさ。それに」

 ここでアモンはどこから持って来たのか、金属のウイスキーボトルを取り出して何かを飲んだ。

 「おいおい。人前で子どもがそんなものを飲むな。そいつは酒だろ」

 「それもそうだね」

すかさずアモンは俺の目の前に指を伸ばし、指鉄砲をパチンと鳴らした。

 俺が瞬きをし、もう一度瞼を開くと、アモンはアラ三十歳くらいの女の姿に変わっていた。

 「これなら良いでしょ」

 全身から色香が香るようなスタイルだった。

 

 「アモンはいいよな。自分自身を好きな姿に変えられるもの。どこでもフリーパスだし、暇つぶしには困らんだろうな」

 「そうでもないのよ。ほとんどの人はわたしのことが見えないから」

 なるほど。そもそもがフリーパスで、この悪魔に眼を止める者はいない。

 ここで俺はもう一つのことに気が付いた。

 「アモン。割と最近もお前は俺のところに来ていなかったか?今の女の姿は、俺が撮る写真に時々入っている女の幽霊にそっくりだぞ」

 「ふふ。やっぱりバレちゃったわね」

 俺はこれで納得した。この数年、俺が撮影する写真には、時々、同じ髪型の女が写り込む。髪が肩までで、スタイル抜群の女だ。

 「もしかして、白い着物の女もそうか」

 「そう。分かりやすいでしょ」

 「モンロー姿のは別のヤツだろ。顔が違うから」

 「あれは貴方がエッチなことを考えていたから、それに引き寄せられて来た淫魔なのよ。貴方は幽霊の側からよく見えるから」

 確かに、あの時の俺は女性とのデートのことを考えていた。もちろん、女房とは別の女だ。

 自由業は世間常識の枠に嵌らないから、割と女性の側から興味を持たれる。

 悪縁を取り除いてくれるのであれば尚更だ。

 「もうオヤジジイだし、そっちの欲は薄れたけどね」

 「ゼロじゃないでしょ」

 「そりゃそうだが、少年のようなプラトニックな心でだよ」

 「嘘つき」

 「はは」

 

 せっかく悪魔が傍にいるのだから、俺は幾つか訊いてみることにした。

 「アモン。一年前くらいに、俺は自分が『五輪は観られない』と思っていた。そこで一番ありそうなのは、俺が今年の春頃までに死ぬってことだ。でもそれは間違いで、五輪自体が延期になった。一応、一年後に開かれることになっているが、俺はまだ『五輪を観ることは無い』と思っている。こりゃどういうことだよ。やはり俺が死ぬのか、それとも五輪が無くなるのか。どっちなんだろ」

 すると、アモンがほんの少し眉間に皺を寄せた。さすがこれくらいの美人になると、眉を顰めた表情ですら美しく見える。

 「先のことは言えないことになってるのよ。知ってるでしょ」

 「それは分かっているが」

 若く美しい女が俺の顔をじっと見詰めている。これが幽霊や悪魔ではなく、生身の人間なら良いのだが。

 「来年、今の病気は収まっているかもしれない。それでも俺は五輪を観られないと感じているんだよ」

 すると、アモンは視線を外して、別の方角に目を遣った。

 「予言の類はただの想像や妄想だから、当たった外れたにはあまり意味が無いのよ。でもヒントが隠されている時もある。よく調べて考えてみることね」

 ふうん。疫病とイナゴの害とくれば、『黙示録』辺りだな。

 

 ここでアモンが俺に向き直る。この時、アモンは男児の姿に変わっていた。

 これは俺が初めてアモンに会った時の姿だった。

 「今の君は幾らか僕らの務めに関わっている。浮かばれぬ魂を見付けては、ご供養を施し、慰めている」

 「でも、それは自ら望んでそうしているだけだ」

 「もちろん、あの世に善悪の観念は無いから、生きているうちに善行をしたから天国に行ける、とかは有り得ない。悪心を持てば自分で地獄を作り出すけどね。どういう心の状態かということだけがあの世の状態に反映される。それでも、僕らはきちんと君のことを見ているんだよ」

 「どんな者のこともきっちり見ているしね。誰一人として悪魔の目からは逃れられない」

 「そう。悪魔はひとの心の中に居て、その総てを見ている」

 ここで俺は考えさせられた。

 ここで一体、アモンは何を言おうとしてるんだろ。

 悪魔は心を見通すから、俺のこの考えもアモンはきちんと読んでいた。

 「いずれ、と言うより、もう君は僕らの仲間なんだよ」

 「なるほどね。俺は子どもの頃から、数十万人の亡者を引き連れてどこかに行こうとする夢を繰り返し観ている。昔はその夢を恐れ、嫌っていた。今は何とも思わないけどね。じゃあ、今日はそのことを伝えに来たのか」

 「ウン」

 「了解。それならもう腹を括ってある。生きている間も死んでからも、俺は俺なりに亡者たちと共にいる」

 「それでいいよ」

 

 ここでアモンがベンチから腰を上げた。

 「帰るのか」

 「ウン。僕は忙しいからね」

 「そっか。じゃあ、またな。また来るんだろ?」

 「ああ。時々ね」

 アモンは小さく敬礼の素振りをして、トコトコと歩き出した。

 二十メートルほど遠ざかったが、そこで悪魔はもう一度俺の方に向き直った。

 「そう言えば、君にサービスするのを忘れてたよ」

 もう一度、くるっと背中を向けると、悪魔は再び女の姿に戻っていた。

 そこで、悪魔は両腕を上げ、ウエストとお尻のラインをダンスよろしく左右に揺らして見せた。

 ここで覚醒。

 

 ショートストーリーの『三つのお願い』の続編の夢だった。

 目覚めてすぐにキーを叩いたので頭が働いていないが、エピソードを加えれば、掌編になるかもしれない。