◎夢の話 第1102夜 真贋鑑定
二十二日の午前四時に観た夢です。
我に返ると、どこか知らぬ骨董屋の店頭にいた。
どうやら俺は自分の品物をこの店の店主に見せに来たらしい。
七十過ぎと思しき店主が包みを解き、中を検めようとしていた。
箱の中から出たのは、印璽だった。
なるほど。この手の品は、俺の不得手とするところだから、このジ-サンに見て貰いに来たのだ。
印璽の鑑定が出来る者は、この国には一人か二人しかいない。
店主は眼鏡式の拡大鏡が印璽にくっつきそうになるほど近付け、細部を見ている。
だが、三十秒ほどで、「ふっ」と息を吐いた。
「よく出来ているんだけどね」
「ダメな感じですか?」
「これで良いと言う人もいるだろうけれど、私は中身が伴っていないと思う。押してみれば分かるよ。ほら」
店主は朱肉を取り出すと、印璽をそれに押し当て、藁半紙の上に押印した。
印璽を揚げると、くっきりと赤い印が現れた。
文字が読める。
それには、「イクイノックス」と刻んであった。
ここで、「もう一人の俺」が目覚める。
「おいおい。これは夢じゃないか。俺たちは夢の世界にいるんだぞ。コイツは競馬のジャパンカップの夢だわ」
思わずはっとする。
「これって、もしやお告げか」
この感じは、これまでも幾度となく経験して来た。
これから起きることを、かなりデフォルメして示唆する。
競馬の夢も時々あり、たまにその通りのことが起きたりするが、もちろん、年に一度か二度の話だ。
この夢なら「イクイは見た目は立派だけど、今回は内容が伴っていない」という意味だ。
ジャパンカップで、たぶん、一番人気の世界一位の馬が負ける。そんな話だろう。
「ならどんな風に?」
すると、視界の前にレースの実況場面が浮かび上がる。
府中競馬場のゴール付近の様子だが、イクイノックスは三番手集団の中にいた。
おそらく五着から七着の間だ。
「なるほど、セオリー通りというかジンクス通りというか、『レコードの後の大敗』から、この『世界最高の馬』も逃れられなかったわけだ。父馬のキタサンブラックだって、天皇賞のレコードの後の宝塚では勝負にならなかった。二か月間隔が空いたレースでもそうだったのだから、中三週ではもっとキツい。イクイノックスもオヤジの轍を踏む」
なら、もう一頭の人気馬は?
「ああ、いたいた。四着だ」
実際、今回のリバティアイランドは、調教ではイマイチだったよな。激戦の疲れが出ているんだろ。
ゴール付近では、三頭が接戦を演じており、リバティはその二馬身は後ろにいた。
リバティの前には、もう一頭の牝馬がいる。コイツが三着だ。
「なるほど。牝馬なら、現実に雄雌混合のG1で結果を残して来たスターズオンアースの方だろうと思ってはいたが、現実に三着に食い込んだか」
その前に二頭いる。
内側の馬のゼッケンと馬名が見えるが、二着はディープボンドだった。
「なあるほど。調教が軽めで、人気薄の時の方がこいつはよく走る。内枠スルスルで二着に食い込むレースを幾度見させられたことか」
なら一着は?
だが、俺はコースの内側から実況を眺めていた。
真横からだから、手前のディープボンドが被さってしまい、どの馬かがよく分からない。
「だが、一着候補ならそれほどいないから、想像はつく。おまけにリバティが四着、イクイが五着以下だもの」
ドウデュースとかタイトルホルダーだろ。まさかパンサじゃねーだろうな。
こりゃスゴイ。いずれにせよ、上位二頭が馬券に絡まぬなら、三連単はたぶん五百倍より上だ。
ここで三人目の「俺」が現れる。
「待て待て。この夢がお告げの夢とは限らんだろ。俺の願望がこういう夢を観させたのかもしれん。これまで幾度もあったじゃないか。冷静になれよな」
最初の俺は腕組みをして考える。
「ま、この手のは大体は願望だろうな。二千円が帯(百万)に化けて欲しいという願望がこれを観させる。それに、よしんばこれがお告げだったりしても、お告げには俺を試す要素が必ずある。一着の姿を見させぬのもその一部だ」
三人の俺は、各々が腕組みをしながら、夢の内容を吟味する。
ここで覚醒。
完全に眼が覚めてみると、「やはり願望だろうな」と思う。
夢のつくり方は、お告げの時とそっくりで、象徴的な言葉が脈絡なく現れる。
藁半紙に押された、あの朱の「イクイノックス」の色の鮮やかさと来たら。
とりあえず、この夢に乗って置こうと思う。
イクイ&リバティじゃあ、五万円打ってもアガリ六万か七万が良いところ。
こっちはたった二三千円で帯封が見込める。たぶん、外すだろうが、それくらいなら痛くもない。ただ「来ない」だけだが、面白い。