夢の話 第680夜 監視カメラ
14日の午前4時に観た夢です。
瞼を開くと、目の前は机だった。俺は椅子に座ったまま、居眠りをしていたらしい。
机の上には壁があり、モニターが八つ並んでいる。
下四つはどこか水商売の店で、入り口や店内の様子が映し出されている。
上四つは事務所みたいな外観の入り口と、四角い卓が幾つも置かれた部屋の様子だった。
「こっちはビリヤード、じゃ無くて雀荘だな。こりゃ」
卓の色が緑色だったから、一瞬、ビリヤードを思い浮かべたのだが、しかし、正方形だから麻雀卓だろう。
「俺はなんでまた監視カメラの前に座り、水商売の店や雀荘を眺めているんだろう」
思い出せない。
そもそも、自分の名前が何で、何をしているヤツかということもほとんど思い出せない。
「ま、俺の名は田村か村田のどっちかだ」
寝ぼけているのかな。
ここでうっすらと記憶が蘇る。
「確かビルのオーナーと仲が良かったから、急場のバイトを頼まれたんだったな」
今、ここのビルは人手が足りないから、管理人まで手が回らない。そこで、オーナーと懇意にしていた俺が急場の代打を頼まれたってわけだ。
一階がサロンで、三階が雀荘だ。そして、俺がいるのが四階だった。
サロンは店を閉めた直後らしく、従業員が掃除をしている。
雀荘の方では卓が立っていないが、長椅子には女の子が二人座っていた。
まだ18歳位で高校生のようなルックスだった。
「雀荘に茶髪の高校生は似つかわしくないよな」
なるほど。こいつらは就職の面接に来たわけだ。どこか田舎から出て来たが、仕事が無い。そこで、当座の凌ぎにサロンにでも勤めようと考えたのだろう。下の店に行ったら、こっちで待てと言われたんだな。
だが、未成年じゃ店には出せない。
「ここはその筋の人間が経営するビルだから、ホステスじゃない仕事を宛がうってことだろうな」
ビルはN駅から百叩■侶抻,らわずか五十辰澄H鵬擲垢涼罎砲△襪、警察署の近くなので何となく安心感がある。不良はそこに眼をつけて、堂々と博打場を開いているし、酔客に女も紹介する。「灯台下暗し」とはこのことだ。
だが、さすがに眼と鼻の先だ。いつかはそれと知れる。半年前に手入れを喰らい、夜回りのタシロと雀荘の主人、それと客のシマダってヤツが逮捕されたんだっけな。
雀荘には普通のリーチ麻雀の卓が六卓あるが、この他に奥の部屋にも二卓置いている。
一般客から見えないところでは、かなりの高額レートの博打が行われていたらしい。
タレコミがあり、警察が常習賭博で踏み込んだら、何故かサイドテーブルの下のポーチにシャブが入っていた。それで、一気に大事になったというわけだ。
賭博なら大したことは無いが、ヤクは全然扱いが違う。
客も含め店に関わっていた者が全部しょっぴかれたから、今はこんな風に閑散としているわけだ。
店の扉が開き、女が入って来た。年の頃は三十歳くらい。化粧が派手だ。
「サロンのホステスだな。確かミエコと言った」
客とアフターで食事に行ってから、女の子たちを覗きに来たんだろ。
今、店と雀荘はタケダってやつが仕切っており、ミエコはそのバシタだから、兄貴分がいなくなったら、今はまるでママみたいに振舞っている。
タケダは三十五歳で半年前に掴まったタシロの舎弟だ。舎弟と言っても、まだ組には入れてもらえぬペーペーだった。
「いつもタシロについていたのに、あの時にはいなかったんだよな。だからすんなり後釜に入れた」
再び店の扉が開き、バラバラと三人の男が入って来る。常連客らしい。
商店主みたいな感じのヤツと土建屋、学生の三人連れだ。いつもフリーで麻雀を打っている仲間で、今夜はどこかで飲んで来たんだろう。
そのすぐ後に、男が入って来る。
背広を着て、眼鏡を掛けている。サラリーマン風の四十台のオヤジだ。
時計を見ると、午前二時を回っていた。
「平日のこの時間に勤め人が雀荘に来るのは珍しいな」
メンバーが出て来て、その男に声を掛けた。
おそらく、「客が三人いるからどうですか」と訊いているのだ。
すると、男が何事かを伝えた。
「どうやら断るようだな。高い方の客か」
奥の部屋の客だから、リーチの卓には入らない。
そこで、三人の客とメンバーがカウンターの近くの卓に座った。
ホステスが女の子たちから離れ、勤め人風に近付き、奥の部屋に案内している。
どうやらタケダを呼んだようだ。タケダが来たら、ここの新店長と自分で卓を立てるらしい。
「そう言えば、この女も相当な麻雀好きだったな」
しかもソコソコ打てる。
ここで勤め人風が監視カメラの正面に座った。
ホステスが何か声を掛けると、勤め人風が何かを答える。
「飲み物はいるか。いや結構です。そんな話だろ」
男の風貌やしぐさの総てが眼に入る。
そこで俺は何とも言えぬ違和感を覚えた。
「コイツ。背広と白いワイシャツを着ているが、サラリーマンじゃねえな」
どことなく、澱のようなものがある。
クラブ歌手の歌う歌と同じで、夜の世界に浸っていると、自然に澱が身に付く。
そういうのは、お天道様が上にいる時に歌うと、どうにも汚れが耳についてしまう。
勤め人はどんなに不良を気取ってみても、やっぱり素人臭さがプンプン匂う。それとまったく逆だ。今はこいつの筋の悪さが鼻につく。
「こんなヤツが何しにここに来たんだろ」
五分ほどすると、タケダが店に入って来た。
タケダが上着を脱ぎ、椅子に座る。店長がおしぼりを持って来て、タケダに渡した。
「一服してから始めるんだな」
すると、勤め人風が何事かを言い置いて、奥の部屋を出た。おそらく、トイレだろう。
トイレは前の部屋にある。
ところが、勤め人風はスタスタと店の入り口に歩み寄ると、内鍵をガチャッと閉めた。
それから、男は中に背を向けたまま懐から何かを出した。
黒っぽい何かに、筒のようなものを取り付けている。
「おいおい。あれはチャカじゃないか」
そいつは銃の先に消音器を取り付けていたのだ。
その瞬間、俺は今の状況を把握した。
「おい。警察にタレ込んだのはタケダか。自分がここを乗っ取るために、兄貴分を嵌めたんだ」
それを、その兄貴分が察知して、勤め人風を送り込んで来たわけだ。
リーチの部屋を閉めたということは・・・。
「簡単だ。ここにいる人間を皆殺しにするってこった」
ま、奥の部屋でタケダを殺せば、出る時に人に見られる。それなら、最初から見る眼を全部消してしまえば、何の不安も残らない。
俺の予測どおり、男はサイレンサー付きの銃を客たちに向け、続けざまに撃った。
音は小さいのだが、それでも画面からも重量感は伝わる。
「ドウ」「ドウ」という響きと共に、客や店員が床に倒れた。
この響きは奥の部屋にも伝わったらしい。
扉が開き、ミエコが顔を出した。
その眉間の真ん中に丸い穴が開く。
ミエコは声も上げず、その場にぐしゃっと崩れ落ちた。
タケダが「何だこのやろう」みたいな口のかたちを見せて、自分の上着の方に手を伸ばす。しかし、その手が服に届く前に、後頭部の半分が吹き飛んだ。
男が振り返ると、店長が両手を胸のところに上げて立ちすくんでいた。
「俺は無関係です。勘弁してください」
たぶん、そんなことを言ったのだろうが、しかし、やっぱり、男に撃たれ、シャツの胸に赤い血がべったりと広がった。すかさず男は店長の傍に立つと、銃弾を無慈悲に顔に撃ち込んだ。
一瞬の出来事で、俺には為す術もない。
たぶん二三分の間の出来事だったと思うが、俺はただ呆然とモニターを眺めていただけだった。
勤め人風の男はもう一度中を見回すと、前の部屋に戻り、客の背中に一発ぶち込んだ。
「まだ生きていたのか」
俺の目の前の机には電話がある。そのことに気付き、俺は受話器に手を掛けた。
すると、まさにその瞬間、あの男が顔を上げて、俺のことをじっと見た。
思わず手が止まる。
しかし、男が見ていたのは、もちろん俺ではなく、監視カメラだった。
「不味い。今度はここに来る。テープを消去するために上がって来るのだ」
そこで俺を発見したら、間違いなく俺もタケダたちの仲間にされてしまう。数分後には床に寝転んでらあよ。
「早く逃げねば」
すぐ近くに警察署がある。たった五十辰竜?イ世掘△△修海泙覇┐伽擇譴弌∋Δ気譴襪海箸睫気い世蹐Α
俺は立ち上がって、一瞬、ドアの方に行き掛けたが、そこで足を止めた。
「ヤツは階段を上がって来るよな」
ここは四階建てのビルでエレベーターが無い。下に降りるのは、階段を下りるしか方法がないのだ。
俺は大急ぎでドアに行き、鍵を掛けた。
まずは数分でも、男が入ってこられないようにする必要があるからだ。
それから窓に走り寄り、ガラス戸を引き開けた。
しかし、窓の外には、伝って降りられるような避難梯子はない。それどころか、窓の桟すらそこには無かった。
目に入ったのは、ビルの脇に立っている何かの樹だった。
その樹はビルからほんの二メートルのところに立っていた。
問題は、その樹の高さが二階くらいのところまでしかないということだ。
「でも、ここから樹までなら都合、二階から飛び下りるくらいのもんだ」
真下に落ちれば怪我をするが、今は横っ飛びに飛んで、幹に掴まる段取だもの、まあ、何とかなる。
後ろの方で「ガチャガチャ」とドアノブが音を立てる。
ヤツが上がって来たのだ。
もはや悠長なことなど言ってられない。銃で撃たれることを考えれば、足の一本折ったところでどうということはない。
通路に降り立てば、さすがにあの男もそこで銃を使ったりはしないだろ。
深夜とはいえ、人の目はある。
それに警察署の前には警官が立っているものな。
俺は意を決し、樹に向かって飛び降りた。
こういう時は、一秒一秒がやたら長く感じる。
スローモーションのように樹の天辺が近付いて来る。
葉の一枚一枚までもが鮮明に見えて来た。
「ありゃ。橙色の実が見えら」
この樹は柿の樹だったのだ。
ここで、俺は幼い頃に母親に言われたことを思い出した。
「お前。柿の樹には絶対に登っちゃ駄目だよ。柿の枝は弱いから、簡単にポッキリ折れる。人が上ったら、その途端に真っ逆さまに落ちてしまうんだからね」
夜の闇に向かって、俺は落ちて行く。
俺の心の中はその闇よりも、はるかに真っ暗だった。
ここで覚醒。
ちなみに、現実の不良は「チャカ」なんて単語は使いません。