◎夢の話 第1k17夜 ひなたぼっこ
十四日の午前二時に観た夢です。
我に返ると、俺は郷里の実家にいた。
玄関から三和土に入ったところのよう。
二つ前の家で、今は倉庫になっているのだが、きちんと清掃され、人が住める状態だった。
靴を脱ぎ、中に上がるとすぐ右手が応接間になる。
次の家が出来てからも何年かはこの家に通ったが、いつもこの応接間で過ごした。
日当たりがよく、過ごしやすい。
扉を開く。
すると、長椅子の背もたれを倒してベッドにしたところに母が座っていた。
母は入院着を着ていたから、一字帰宅で家に戻っていたのだろう。
「帰ってたのっか」
声を掛けたが、母は黙って俺の顔を見ている。
亡くなると直前には、かなりやつれていたが、今の母は頬がふっくらしていた。
まだいくらか調子が良い頃だ。
母もこの部屋が好きだったから、ここに戻って来たのだな。
俺はなるべく母の近くにいようと思い、母のベッドの端に座った。
ここでゆっくりと覚醒時の俺の自我が目を覚ます。
「お袋は死んでも俺を案じてくれていたか」
母は自身の人生の中で、俺から貰った手紙類を総て引き出しに仕舞っていた。
今の俺も子どもたちの小学生の時の作品や書き物を全部残してある。
思いは同じなのだな。
覚醒時の自我が頭を支配するようになり、部屋の中が暗くなって行く。
母はここで思いだしたように口を開き、俺に話し掛けた。
「黒豆を煮る時には、△△を※※して・・・」
「かしま揚げはこう作れば美味しくなる。私と叔母で考えた作り方だよ」
俺は「かしま揚げ」とは何か知らない。
「鹿児島揚げ」なら薩摩揚げだな。だが「鹿嶋揚げ」かもしれん。
それを考えつつ、ゆっくりと覚醒。
最近、母が「傍にいる」と感じることがある。
居間で仮眠を取っている時に右手を握られることがある。
小さくほっそりした手だ。
私は「母だ」と気付き、軽く握り返す。
母はそのまま十分くらいの間、私の手を握っている。
すっかり目覚めた後にも、部屋の中にひとの気配が残っていることがある。
母なので違和感や恐れなどは感じぬのだが、状況的にはやや不味い気がする。
田舎ではこんなのを「呼びに来た」という言い方をする。
既に亡くなっている母が呼びに来たのなら、私もいよいよ近くなっているということだ。
思わず「ちょっと待ってくれ」と声に出す。
もう少し暖かくなれば、原稿を書く体力が戻って来る。例年、桜が咲いてから秋までは体が楽だ。
それまであと少し。
「助けて」と騒がしい幽霊やおどろおどろしい悪縁(霊)よりも、「母が呼びに来る」という状況の方がよっぽど危機的だ。
最近は「あの世の者」の存在を殆ど意識しなくなっているから、どう振舞ってよいか分からない。
ところで「かしま揚げ」って何?