◎夢の話 第788夜 母還る
22日の午前2時に観た夢です。
玄関の脇に自転車を置き、扉を開けて中に入った。
廊下に上がると、応接間のドアが開いている。
その前を通る時に、何気なく中を覗くと、そこに母が居た。
応接間の長椅子のひとつは、背もたれを倒すとベッドになったから、その上に布団を敷いて横になっていたのだ。
「あ。退院したのか」
母は眠っているのか、横になったままだ。
音をたてぬよう、居間に向かった。
「ずいぶん長かったな」
母は俺が小一の時に入院し、ずっとそのまま病院にいた。心臓の片側の弁が上手く閉まらぬ病気で、トイレには独りで行けたが、あとは無理だった。
医療の技術が進歩して、手術が出来るようになったから治療を受けたのだが、それが上手く行き、こうして帰って来ることが出来た。
「七年か八年だ」
もう一度、母が居るのを確かめようと、応接間に向かう。
忍び足で歩いたつもりだが、母は半身を起こして、俺を待っていた。
「テレビの上の方にある戸棚の中にケーキを隠してある。それはお前が食べなさい」
ああ、懐かしい。
母はそうやって、俺のためにケーキやお菓子を取り置いてくれたのだが、そこに仕舞ったことを忘れてしまうこともあったっけ。
「そうなると、これは夢だ。俺は今、夢を観ているのだ」
俺はその日に観た最後の夢を100%憶えて目覚める。それだけでなく、夢の中で自分が夢の中にいることを自覚することが時々あった。
ここでしゅううっと俺の背丈が伸び、三十歳くらいの姿に替わった。
俺の自意識はちょうどそれくらいのままで止まっている。
「お袋。もうお袋は帰って来ないと思っていたよ」
だって、母はもう死んでいるからな。
あれから二年と少し。その間、母はずっと眠っていたらしい。
その母が俺を見詰めながら、呟くように言った。
「何だか、長いこと眠っていたような気がする。不思議だね」
いやいや、お袋。それが普通なんだよ。
そう思ったが、もちろん、言葉にはしない。
せっかく帰って来たのだもの。このまま気付かずに、もう少し家に居てくれ。
「男所帯だったから掃除が行き届いていない。私はまだ出来ないから、お前が二階のトイレをきれいにして」
母親だけに気になるらしい。
そこで俺はすぐに階段を上がり、二階に向かった。
トイレは廊下の端にあるのだが、座敷の前を通り掛かった時に中を見ると、中央にトイレがあった。
囲炉裏のように部屋の中央に穴が開き、そこに便座があったのだ。
まるっきり囲炉裏の配置の仕方だった。
「ありゃりゃ。何じゃこれ」
近寄ると、長らく誰も使っていなかったらしく埃を被っている。
「確かに掃除が必要だな」
まずは箒で周囲を掃き、次が拭き掃除。そんな手順だ。
「しかし、これはどういう意味なんだろうな」
トイレは大体のところ、「金」に関係している。そこに山盛りのウン※でもあれば最高だ。
でかい金運が近付くことの予兆になる。
ここで気が付く。
「なあるほど。そろそろ職場復帰して、バリバリ働けってことだ」
こういう気持ちは、「数日中に自分が死ぬことは無い」と信じられねば、生成しない。
程なく死ぬのであれば、働く意欲など湧いて来ようもないからだ。
「それじゃあ、今は『良くなっている』ということだ」
俺はブラシを取り出して、便器の表面を擦り始める。
ここで覚醒。
目覚めた瞬間に浮かんだのは、安堵感だった。
「母は亡くなったが、俺の中で生き続けている」
それを確信したからだ。もちろん、それも思い出のことだ。
次に母に会うのは、俺が死ぬ時のこと。おそらく、俺の「お迎え」は母の姿をしている。
「そうなると、やはり昨年はよほど『あの世』に近かったということになる」
数度、写真の中に母のシルエットを見出したことがある。他の者にはそれが人のシルエットだと思えぬほどおぼろげだが、当事者は何百回も直接見ているから、摺ガラスの向こうに微かに見えるような状況でも、一瞬でそれと分かる。
「金を稼ぐことを考え始めたということは、たぶん、暫くの間、俺が死ぬことはない」
「切ったはった」は俺の得意な局面だし、バクっと儲けてやるかあ。
しかしま、ウイルスは話が別で、数日で状況が変わる。腹は括っとこう。