日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第386夜 招待席で

 木曜の午前十時頃に、少しうとうとした時に見た夢です。

 眼を開くと、ソファに腰掛けていた。
「ドドドド」という轟音が聞こえる。
 音のする方に眼を向けると、ビルの壁の全面がガラス窓だった。
「ここは?」
 競馬場だな。スタンドの中ほどの貴賓席の中だ。
「ってことは、オレはかなり負けてるってことだ」
 俺には持病があり、競馬場に足を運ぶのはしんどい。そこでネットで馬券を買う訳だが、生の馬を確認出来ないので、競馬場に行く以上に負けが込む。
 まあ、毎年千の桁で負けているわけだが、それがネット購入だと、胴元の方にオレの記録が残る。
 胴元にしてみれば、オレなんかは「太い客」だ。もう二十年も毎年負け続けている良い客だ。
 それで定期的に、招待席の券を送って来る。概ね季節ごとだな。
 券は一応は予約席となっていて、指定日時の一番いい席に座れる。
 そこに入るのに五千円掛かるが、二人分でひと組だから、席に座るのに最低一万円掛かる。
 競馬場の規定を読むと最上の席は本来事前予約が入れられず、当日、窓口で購入することになっている。
 だが滅多に当日その席に座る事は出来ない。
 それもそのはずで、オレのような「払いの良い客」のために空けてあり、もしその客が来なければ、その時だけ一般の客に売るシステムなのだ。
 建て前上、「予約席」だから、ビルの入り口ではお金を払わねばならない。それでも、席の入り口の方でその金は返してくれる。
 もちろん、記念品なんかも付いて来る。
 これはオレくらい負けていないと、絶対に経験出来ない待遇だ。
 だから、時々、気に入った女性を連れて行ったりする。周りにはスタンドの下の方と違い、品の良い客が多いので、女性を口説くにはここが一番だ。
 しかし、博打を打つのに、女のことを考えるやつは、やっぱり勝てない。
 勝負に集中していないのだから、勝てるわけが無いのだ。

 ソファの向かい側にはオレ専用のモニターがある。この席は二人一組で座る席だが、すぐ前がテーブルで、正面には大きなモニターが付いている。
 オレの隣には誰も座っていなかった。
「おお。じゃあ、真面目に勝負するつもりでここに来たんだな」
 テーブルの上には馬券がバラバラと散らかっている。
 まあ、オレの性格からいって、こいつらは外れ馬券だ。
「また負けてやがら」
 しょうがねえなあ。
 まあ、博打打ちの醍醐味は負けた時にあると言う。負けた時の喪失感で、脳内に快感物質が生成され、麻薬のように痺れさすのだ。
 オレの救いは「博打で借金はしない」ことを守っていることだ。「勝って返せばよい」と思う思考をする奴は博打には向かない。博打での貸し借りは、ツキを落とす最大の要因だ。それを知らないヤツは、大した勝負は出来ない。サラリーマン同士で、ちまちました麻雀でも打ってろ。

 だが目の前には厳しい現実がある。
 セカンドバッグには、買い物用のトートバッグを折りたたんだ包みと、数万円の金しか入っていなかった。
 トートバッグはもちろん、勝って帰る時のためだ。現金が鞄に入らずに、シャツを丸め、その中に札を入れて帰ったことがあるから、競馬場に行くときには、必ず折り畳みのトートバッグを持って行くことにしている。
 百円ショップで買ったものだし、帰りには捨てることになっても惜しくない。
 ま、入れる金が無いと、腹立たしくなってコイツを捨てるので、既に何十枚もゴミ箱に捨てている。

「もう帰れってことだな」
 ため息を吐いて、隣の席に眼を向けた。
 隣のソファには男が一人で座っていた。
 オレみたいに、招待されて来たヤツだろうか。
「オレとはだいぶ違うな」
 その男の前には鞄が置かれていたが、口が開いており仲が見えた。
 鞄の中身は札束だった。
「あれま。四五千万はありそうじゃん」
 男の顔はどこかで見たことがある。
 しばらく考えさせられたが、程なくそれが「ゴッドファーザー」って映画に出ていた役者の顔だってことに気が付いた。
「確か『サル』って役名だったな」
 ラテン系の、彫りの深い顔立ちだ。

 男は次のレースの馬券を買うらしく、馬名を見ている。
 すぐに決まったらしく、鞄から札を取り出した。
「おいおい。一千万も買うのかよ」
 オレはこの男に興味を持ち、このままっこに座って、成り行きを見守ることにした。
 男は立ち上がって、窓口の方に歩いて行った。
 驚ろいたことに、現ナマの入ったかばんはそのまま置いてあった。
「おいおい。随分不用心だな」
 しかし、良く考えて見れば、この席には泥棒は入って来られない。入り口出口にガードマンが居るし、警察だって出入りしている。誰が入ったかと言うことが分かっているところで盗みを働くヤツは少ない。
 それ以前に、この席に座るのは、人の金には興味が無く、場内の馬のことばかり眺めている者だけだった。

 男が帰って来る。
 手に持っていたのは、案外、少数枚の馬券だった。
 オレは直感で、この男が「一点勝負」を仕掛けていると感じ取った。一枚の馬券には限度額があるから、何枚かに分けて同じ馬券を買ったのだ。
 程なく発送時刻になった。
 ゲートが開いて、馬たちが走り出す。
 その場面はモニターでしか見られないが、すぐに直線のスタンド前まで馬が来た。
「どどどど」と轟音が響く。

 馬がゴールラインを過ぎる。
 比較的分かりやすい着順で、一着から一馬身ずつの着差があった。
 馬番が良く見える。
「おお。これじゃあ、かなりの高配当じゃないか」
 もしかして・・・。
 オレは隣のソファの男の表情を盗み見た。
「ふふふ」
 男は含み笑いを漏らしていた。
 おいおい。この馬券を一千万も買ったなら、配当は億の桁だろ。しかも上の方だ。
 的中券の大半はこの人じゃないか。

 オレはどうにも我慢出来ず、その男に声を掛けた。
「すいません。先程からこっそりと貴方の様子を見ていました。もしかして、今のレースを当てられたんじゃないですか」
 男がオレの方を向く。
 いよいよ、「サル」そっくりのラテン顔だった。
「あ。ほんと。でも今のは外しちゃったね」
「え。そうなんですか」
「うん。一着三着」
 しかし、その割には少しも悔しそうじゃない。
「一千万もすったのに、悔しくないんですか」
 男が首を振る。
「いや全然。今やっているのは時間潰しだもの」
「見たとこ。何千万かの勝負を打っているのに、時間潰しなんですか」
「そりゃそうだよ。オレの仕事は競馬なんかよりもっと面白いし、儲かるからね」
 そりゃ一体何だろ。
「お差し支えなければ教えて下さい。一体どんな仕事をなさっているんですか」
「はは。それは教えられないね」
 ま、そうだろうな。

 ここで男が前に向き直った。
「さて、あと一レースくらいは遊べるな」
 時計を見ると、次が十レース目だ。
「メインレースは買わないんですか」
「その直前にオレは仕事をしなくちゃならんのでね」
 そっかあ。大勝負を打っている割には、きちんと割り切れるんだな。
「じゃあ、オレは帰ります。いいものを見させて頂いて、どうも有り難うございました」
 オレが挨拶をしたので、男が少し驚いたような表情を見せた。
「珍しいね。このオレに有難うと言うのは、変わったヤツだな」
 オレは頭をひとつ下げ、男に背中を向け歩き出した。

 その背中に男が声を掛けて来た。
「おい君。次のレースは万馬券が来ることになっている。教えてやるし、金も貸してやるから、一緒にここで見ないか」
 オレは後ろを振り向いて、男に首お振った。
「いや。オレは博打の借金はしないことにしてるんです。後でテレビで見ますから」
 これで男が大きく頷いた。
「お前は勝負事のことが分かってるね。じゃあ、教えてあげよう」
 え?一体何を教えようと言うの。
「次のレースが終わった直後、大きな地震が来る。その地震でこのスタンドが崩壊してしまう。私はここで何百もの魂を引き取りに来たのだ。私の仕事はそれなんだよね」
 その言葉を言い終わると、男の口の両端から、鋭い牙がびゅっと飛び出た。
 この男の正体は悪魔だったのだ。

 ここで覚醒。