日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第385夜 因果応報

木曜の早朝に観た夢です。

「あの鹿は絶対に殺してね」
鋭い声に目を開くと、オレの前には50歳くらいの女がいた。
眉間に皺をよせ、オレのことを睨みつけている。

ああ。コイツはオレの女房だ。
と言っても、オレは婿養子で、主人はコイツの方だ。
資産家の娘で、広大な山林を所有している。

鹿というのは、オレが飼っている雄鹿のことだった。
六年前、山の樹の枝を払いに行った時に、親の無い小鹿を拾った。
正確には、オレが撃った母鹿の子だ。
オレはその雌鹿が赤ん坊を連れているのに気づかず、その鹿を撃ったのだ。
オレはその小鹿を連れて帰り、狩猟小屋で世話をした。
鹿が大きくなってからは、女房の持つ山林の一番奥の岩山に放し飼いにしていた。

雄鹿なので、発情期には気が荒くなる。
配偶者となる雌がいれば良いが、害獣として大半が駆除されたので、周囲にはもう鹿がいなかった。
オレは雄鹿が人を襲わないように、岩山の周りを柵で囲った。
ところがこの山裾には松林があり、そこでは松茸がよく採れる。
勝手に入り込んで松茸を採ろうとするヤツが後を絶たない。
その時期がちょうど発情期で、雌のいない雄はさらに一層気が荒くなっている。

今回、女房の親戚が柵の中に入り込んで、オレの雄鹿に襲われた。
その男はかなりの重傷を負い入院した。
親戚の手前、頭を下げただけでは済まないので、女房は「鹿を殺せ」と言っているのだ。

「しかし、鹿に罪は無いよ。もめごとが起きないようにきちんと柵で囲ってあるじゃないか」
その言葉を聞いて、女房がさらにいきり立った。
「なに言ってんだい。あそこは私の山だよ。私が殺せと言ったら、殺さなくちゃいけない。あんたね。誰がこの家の主人だと思ってるの」
ああ、また始まった。
義父が死んでから5年が経つが、財産が自分の物になってから、この女は一層、横暴になってきた。
元々、金持ちの育ちで、わがままし放題に育てられて来たわけだが、若い頃はまだしも、今は可愛らしいところなど微塵も無く、ただの欲の塊になっていた。
おまけに、ダンナのことをダンナ扱いせず、使用人のようなやり方でこき使う。

「おい。分家の叔父さんが警察に届けなかったから良いものの、本当は警察沙汰なんだ。それをアンタは分かっているのか」
憎々しげな表情だ。
とっとと家を出て、離婚したいのだが、オレには介護の必要な両親がいる。
毎月の支払だって、50を過ぎた男が再就職して貰えるはずの給料の額じゃ難しいだろ。

「お前。自分の立場が分かっているのか」
女房がさらにまくしたてる。
ついにはダンナを「お前」と呼ぶようになった。
醜いババアだ。

「分かったよ」
オレの言葉に、女房が「フン」と鼻を鳴らす。
「本当に撃つかどうか、私も現場で確かめるからね。じゃあ、今から一緒に行くから。その鹿を殺して、鹿肉を親戚の家に届けるんだ」
オレが自分の鹿を、山の奥に逃がしたりしないように、見届けると言うわけだ。
本当に嫌な女だ。
女が齢を取って、「ババア」になるだけなら良いが、こんな風に「クソ婆」になったらおしまいだ。

だが仕方ない。
オレは女房を連れて、鹿のいる岩山に向かった。
今はまだ鹿猟の解禁前だが、ここでは害獣なので「駆除」という名目が立つ。

オレの雄鹿はその岩山の上の方に立っていた。
凛々しい姿だ。本来ならこんな場所でなく、大自然の中で生きるべきだろう。
オレがあいつを拾った時には、あいつはたった50センチくらいの背の高さしかなかった。
あの頃、オレは朝昼晩とあいつにミルクを与え、育てたのだ。
いわば、あいつはオレの息子同然の鹿だった。

「早く撃ってよ。何やってんの」
女房ががなり立てる。
「80辰論茲澄山の上にいるヤツを狙うのは難しいんだよ」
「なら近くに行けば良いじゃないか。ほら」
女房はだんだんと足音を立てて、岩山を上り始める。
「早く来い。わたしゃ近くでアンタがちゃんと撃つかどうか見てるからな」
コノヤロ。殺してやりたい。
オレはこの時、自分の女房に対し、はっきりとした殺意を覚えた。

それを女房の方も感じ取ったらしい。
女房はすぐにオレから離れ、自分の立ち位置を30辰曚媛にずらした。
「アンタが『間違って』私を撃ったりしないように、こっちで見てる。さあ、早くやれ」

オレは仕方なく銃を構えた。
銃眼を覗くと、オレの雄鹿の顔が見えた。
鹿はオレのことをじっと見つめている。
その顔を見ているうちに、オレの目から涙がこぼれて来た。
あいつが小さかった時の愛らしい姿が次々と甦る。
銃眼のレンズがすぐに曇った。

「ダーン」
山々に銃声が響く。
「バカ。何やってんだよ。ヘタクソ」
銃声よりも大きく、クソ女房の声が轟く。
オレの弾は、あの鹿を捉えることが出来なかったのだ。

雄鹿は数度岩の上をジャンプして斜面を駆け上がると、山の後ろに方に姿を消した。
「今のあいつの体力なら、柵だって飛び越えられるな」
良かった。これであいつとはお別れだが、手ずから殺して死に別れるよりははるかにましだ。
自然の中で自由に闊歩し、自分の伴侶を見つけて悠然と暮らせ。

視線を元に戻すと、女房の姿が消えていた。
「あのババア。どこに行きやがった」
さっき女房がいた辺りに、近づいてみる。
オレの女房はオレから30嘆の場所で、落石に押しつぶされていた。
オレの雄鹿が飛び跳ねて逃げる際に、岩を蹴落としたが、その岩が転がって、他の岩を落とし、数十個の落石群となった。
女房はちょうどその落石群の真下にいたのだった。

女房の頭は半分潰れており、まずは助からない状態だ。
しかし、女房にはまだ意識があった。
オレはその女房に話し掛けた。
「鹿を殺せと言ったのはお前だよ。因果応報だと思って、成仏してくれ」
女房の目がギロギロとオレのことを見ている。
オレを責め立てたいのだが、それが出来ずにいるのだ。

オレはその女房がよく見えるように、目の前で両手を合わせて拝んだ。
南無阿弥陀仏。残念だが、これでお前とはお別れだ」
「残念」はウソだが、死に間際なんだし、これくらいは良いだろ。

ここで覚醒。

なかなか良い筋です。
前後を丁寧に詰めると、短編小説になりそうです。