日刊早坂ノボル新聞

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夢の話 第453夜 母の幻影

夢の話 第453夜 母の幻影

 元日の深夜に初詣に行きました。
帰宅して腰を下ろすと、すぐに寝入ってしまいました。これはその時の夢です。
 初夢としては、吉夢だろうと思います。

 夢の中の自分は、まったくの別人格。
 シナハラかシノザキみたいな名前だ。
 今は26歳くらいで、両親とは死別している。
 母親はオレが小1の時に、インフルエンザで死んだ。ウイルスが脳で病巣を作り、発症からわずか3日で息を引き取ったのだ。
 父親はオレが大学生の時に、心不全で死んだ。何日か「疲れた」とこぼしていたが、ある夜、風呂に入ったらそこで倒れた。父がなかなか風呂から上がらぬことに気付き、オレが見に行くと、父は既に死んでいた。
 父はもしもの時のことを考え、資産と保険を残してくれたので、オレは無事大学を卒業し、就職した。

 オレの会社は4年ごとに赴任地が替わる。オレも全国のどこかに移らねばならないが、候補地の中に母親の実家の近くがあるのを見つけ、そこに申し込んだ。
 母の実家には祖母がいる。祖母もオレと同じ境遇で、夫と娘に先立たれ、今は独りで暮らしている。もう老齢だし、近くに行けば、お互いに寂しさが紛れる。
 オレはその地方の中心市に移り、新しい生活を始めた。
 そこはかなりの田舎で、畜産と林業が主産業だった。
 オレの社宅から祖母の家までは30キロくらいなので、月に1、2度は祖母の家に顔を出すことにした。
 祖母ももう80歳で、寒冷地で独り暮らしをしている。孫が時々、生活の手助けをする必要があるだろう。

 オレの町も田舎だが、祖母はかなりの山奥に住んでいる。
 山間を流れる谷川に沿った道をうねうねと進むから、わずか30キロの道程でも2時間はかかる。
 崖を切り崩して作った道だから、岸壁が左右に迫っていて、落石もある。
 人も車もほとんど通らないのに、山と海を結ぶ幹線道路として、きれいに舗装されている。
 だから、事故が起きると必ず死亡事故だ。乱暴な運転をするのは、意外と地元の者で、「対向車なんか来る訳が無い」という先入観からスピードを出し過ぎてしまうのだ。
 2車線道路を80キロで走って居れば、事故った時にはほぼアウトだ。
 オレはこの地域には慣れていないので、車で走行する時には冷や汗を掻く。
 いつ何時、岩壁を回るカーブの向こうから、対向車がセンターラインをはみ出して来るかも分からないからだ。
 まあ、こちらが安全運転を心掛け、極力外側を走るようにすれば良さそうだが、相手の車に跳ね飛ばされ、谷川に落ちてしまう危険もある。

 祖母の家までの途中に、道の上に大きな岩が出っ張った箇所がある。
 おそらく発破をかけても壊れなかったのだろう。
 岩の上の方が道の上にせり出しているが、15辰ら25辰旅發気覆里如△舛腓辰箸靴織咼詈造澆梁腓さだ。
 岩の形が牛の頭に似ているので、「雄牛岩」という名が付いている。
 車はトンネルを潜るように、この岩の下を通る。

 3度目くらいにその場所を通った時、岩の手前で上の方を見ると、岩の真上に人が立っているのが見えた。
 白いワンピースを着た女性で、オレと同じくらいの年格好だ。
 「危ないなあ。何をしてるんだろ」
 一瞬、ドキットしたが、よく考えてみると、岩は高台に繋がっており、その高台の向こうには高原が広がっている。そこには牧場があり、最近は観光客も受け入れていた。
 すなわち、その牧場に来た観光客が、足を延ばして、渓谷を眺めに来たというわけだ。
 「なるほど。そういう訳か」
 自分なりに納得した。

 ところが、次の回にその岩の下を通る時にも、岩の傍らに、前と同じ女が立っていた。
 女は無表情にオレの方を見ている。
 それ以後は、毎回、その同じ女を見るようになった。
 オレは買い物に不自由している祖母のために、3日に1遍は祖母の家を訪れる。
 その度毎に、白いワンピースの女を見掛ける。
 「いったい、何をしているひとなんだろうな」
 自然の風物を撮影する女性カメラマンを知っているが、とてもスカートなんかじゃいられない。
 「まさか幽霊だったりしてな」
 もちろん、そんなことはない。女の姿は明瞭で、日差しの中に立って居る時にはきちんと影もある。
 「幽霊なら影は出ないだろ。やっぱり生きてる人なんだろ」
 もし影まで偽装するとなると、かなりの悪霊だ。

 しかし、回数を重ねるうちに、その女が次第に近くなってきた。
 最初は岩の上だったり、根元の所だったりしたのに、次第に道の傍らに立つようになったのだ。
 道路脇に立つもんだから、女の顔の表情まで鮮明に見える。
 その女の視線は、間違いなくオレのことを凝視していた。
 喜怒哀楽の無い表情で、ただじっとオレを見ているのだ。
 「あんまりじろじろと見られると、良い気分じゃないな」
 そこで、女が現れたら、車を停め、声を掛けてみることにした。
 帰路には、きちんと心の準備をして岩の下を通り掛かった。
 しかし、そういう時に限って女の姿がない。
 「ありゃ。いないのか」
 岩の下を過ぎてから、バックミラーで後ろを見ると、やはりでっぱりの真下の辺りに女が立っていた。

 4カ月が経ち、オレはこの地方での暮らしに慣れて来た。
 水曜と週末には買い出しをして、祖母の家に持って行く。
 いつの間にか地元の人と同じ速度で走るようになり、今では片道が1時間も掛からなくなった。
 この日、オレは勤めを終えるのが遅くなり、家を出たのが7時頃になった。
 この時間ならどうせ対向車は来ない。
 そこで、かなりスピードを上げて、峡谷の道を走った。
 そして、あの雄牛岩の近くまで来た。
 「夜だから、さすがにあの女はいないよな」
 週末は必ずいるが、平日は夜中の通行だ。夜中には、女の姿が見えないことがあったのだ。
 オレは岩の一つ前のカーブに、スピードを落とさず侵入した。
 そして、カーブを曲がり終えようとすると、その瞬間、目の前に白い女の姿が飛び込んできた。
 女は道の真ん中に立っていた。
 「うわあ」
 オレは咄嗟に急ブレーキを踏む。
 タイヤがきしみ、ケツを振って、ようやく車が停止した。
 「危なく、川に落ちるところだぜ」
 前に向き直る。
 すると、女は道路の同じ位置に立って、オレのことを見ていた。
 これまで見て来たのとは違い、怖ろしい顔つきだ。
 まるで、オレのことを呪っているような形相だ。
 そればかりではない。女はオレを睨んだまま、1歩2歩と近寄って来る。
 まるでオレのことを捕まえようとするみたいにだ。

 「うわあ。気持ち悪い。何なんだ」 
 オレは急いで、ギヤをバックに入れ、すぐさま車を後退させた。
 谷に落ちたら不味いので、後ろを向き30辰曚媛爾る。
下がった所で、再び前を向くと、その時には女の姿は消えていた。
 「ありゃ。誰もいない」
 ここでオレは車を路側に寄せ、ドアを開けて外に出た。
 「あれは一体、どういうことだったんだろ」

 本当の異変が起きたのはこの時だ。
 オレの正面に見えている雄牛岩の方から、「ギ・ギ・ギ・ギ」という音が聞こえて来たのだ。
 「何だよ。今度は何が出て来るんだ」
 大きな怪物でも現れるのか。
 岩の壁からガラガラと小石が崩れ落ちる。
 次の瞬間、雄牛岩の上半分に亀裂が入り、岩の塊がごろんと転がり落ちた。
 岩は周囲20辰らいの道路を潰し、谷川の方に転がり落ちて行く。
 その後で土砂崩れががさがさと道路のあった辺りに覆い被さった。

 突然の出来事に、オレは驚いて声も出ない。
 息を吐いたのも、1、2分後だった。
 「おいおい。もしオレがあのままあそこに行っていたら・・・」
 あの岩の下敷きになっていた。

 役所に連絡し、事態を説明した後で、オレは家に帰る事にした。
 帰る道々、考えたことは、あの女のことだ。
 女はかなり前から、オレの前に現れていた。
 「もしかして、それはこのことを教えてくれるためだったのか」
 それでなくては、説明がつかない。
 この時、オレの頭には、不意に「母さん」という言葉が思い浮かんだ。
 「あれは、もしかして母さんだったのか」
 オレは幼い頃に母親を亡くしたので、顔をほとんど憶えていない。
 「祖母ちゃんに言って、母さんの写真を見せて貰おう」
 仏壇の中に、遺影が仕舞ってある筈だ。
 まあ、見た目はあまり関係は無いけどな。

 谷川に沿った道を、車でゆっくりと走る。
 「母さんが生まれ育った家で、祖母ちゃんと一緒に暮らすのも悪くないかもな」
 いつの間にか、胸の辺りが温まっている。

 ここで覚醒。