◎夢の話 第593夜 憑依 (その2)
カウンセラーは村田さんと言い、キャリア27年のベテランだ。
「あなたおいくつ?」
「37歳です」
「それじゃあ、認知症じゃないわね。可能性がないわけじゃないけどね。今は40歳台の認知症の患者がいますから」
「何だか変な感じですね。自分がしていたことを記憶していないなんて。他の人に自分がどういうことをしていた、と聞かされても、全然覚えが無いんです」
「毎日、メモを取ってみたらどうかしら?」
私は思わず、首を左右に振った。
「もうやっています。そのメモを見ても、自分がそれを書いたことすら憶えていないんです」
村田さんは、付箋紙を取り、それにペンで何かを書いた。
「はい。ここの病院に行ってみて。念のためにね」
医師の名前と電話番号だったのだ。
村田さんに勧められたものの、私は「自分が病気に罹っている」という実感も自覚も無かった。ただ日々の記憶だけが抜け落ちていく。
こうして、ついにこの日が来た。
土曜の午後のことだ。
私が帰宅したら、家の前で警察の車が待っていた。
家に入ろうとすると、車から刑事たちが出て来た。
「嶋田麻衣子さんですね」
「はい?」
突然の出来事で、どういう対応をして良いのかが分からない。
頭の中がパニックになっていた。
「署まで任意同行をお願いしたいのです」
「え。私は何もしていませんが」
「いえ。形式的な確認のためです。いくつかお尋ねしたいことがあるのです」
ここで玄関の扉が開き、父母が顔を出した。
外の物々しい音に気付いたのだ。
「麻衣子。どうしたの?」
母が不安そうな表情で私を見ている。
「任意ってことは、拒否しても良いのですか」
私が訊くと、刑事が上目遣いで私を見た。
「え。まあ。でもまた来ますよ。今ご同行願えれば二度手間にならず助かります」
ま、私は逮捕されるようなことは何もしていないのだし、刑事も「確認したいだけ」と言っていた。
「分かりました。時間はどれくらい掛かりますか」
「状況が確認出来れば、早く終わります」
警察署に行くと、私が通されたのは取調室だった。
椅子に座ると同時に、二人の刑事が部屋に入って来た。
私はここで自分の置かれた状況を理解した。
間違いなく私は何かの被疑者になっている。
目の前にいる刑事はサスペンスドラマに出て来る「良い刑事」「悪い刑事」の二人だ。
最初に口を開いたのは年配の刑事だった。
「嶋田さん。あなたは5月3日の土曜日、午後4時にどこに居られましたか?」
あ。それはあの休みの日のことだ。
私はその日の記憶がまったく無い。
だから、刑事の問いに、私は答えることが出来ない。
「嶋田さん。あなたは緑ヶ丘二丁目に行きましたね」
「いえ。私にはそこに行った記憶がありません」
何だか、ある「夫人」が「寄付していない」と言った時の言い方だ。「記憶が無い」ではなく、「行っていない」と言わなければならないのに。これでは疑われてしまう。
しかし、私の場合は、「記憶が無い」のは事実だった。
もちろん、刑事はそれを信じていない。
「でも、ほら。防犯カメラに映っていますよ。これはあなたでしょ?」
刑事が機器をくるっと回すと、それは動画再生機だった。
そこには、どこか見知らぬ家の前に立つ私の姿が写っていた。
「これだけじゃないですよ。この家にはインタフォンにカメラがついています。そこにもあなたが写っていますよ」
「そんな。私にはまったく覚えがありません」
ここで、若い刑事が口を挟む。
「ねえ。この家ではこの日に殺人事件が起きている。そして、この家を訪問したのは、嶋田麻衣子さん。あなたなんだよ」
「ええ?私はそんなことはしていません。そこにも行っていないと思います」
「思いますだと。行っていないなら、この映像はどうなの。お前じゃないか」
ここで私は気が付いた。
「すいませんが、この女が私だと誰が言ったのですか。映像には名前も住所も書いてありません。誰が私だと言ったんでしょうか」
「近所の人だよ」
「近所の人に訊いて回ったのですか。なぜ私、いいえ、この人がこの近所に住んでいると分かったのですか」
「それはタレコミがあったからだよ」
「じゃあ、その人は何故私が疑わしいと思ったのですか。映像を一般に公開しても居ないのに、その人は自ら、あの犯人は私、嶋田麻衣子じゃないかと言ってきたわけですよね」
私の指摘に、若い刑事が口ごもった。
ここで、年かさの方が口を開いた。
「そう言われてみりゃ、そうだよな。防犯カメラの映像は一般には公開していない」
二人の刑事が揃って渋面になる。
若い刑事の方がもはや我慢できぬように怒鳴った。
「今は顔認証システムがあるから、マイナンバーカードの画像と照合が出来るようになっている。だから、これがお前だということは分かっているんだよ。それに、ここで重要なことは、どうやってお前にたどり着いたかということじゃない。お前がその家の住人を殺したかどうかということだ」
ここで私は気が付いた。
「でも、その家の前で私が写っていたとして、それが何の証拠になるのですか。家の前に立ったら、その人が犯人になるのですか」
事実は、「その家の近くにいた」ということだけだ。
しかし、刑事たちは聞き入れず、「お前がやった。認めろ」という言葉を繰り返した。
この、ただ「お前がやった」と刑事が言うだけの「取調べ」は9時間に及んだ。
深夜の2時になり、年かさが如何にも残念そうに私に告げた。
「仕方ない。まあ、今日は帰って貰おうか。でもまたもう一度こちらに来て貰います」
取調室を出ると、玄関の近くで父が待っていた。
「お父さん」
父の顔には困惑が如実に表れている。
「疲れただろ。とにかく家に帰ろう」
「うん」
父は私を休ませようと考えたのか、ほとんど何も訊かなかった。
家に着き、私はかつての自分の部屋に入った。
部屋に入り、私は今の状況を考え直してみた。
「あの画像は確かに私に見える。でも、私にはまったく記憶がない」
覚えが無いのは、この場合は不安だ。
最近の私は、ところどころの記憶が消えているから、自分が何をしていたかを確信できないのだ。
「いったい何故?どうしてなの?」
私は自分自身に問い掛けた。
すると、その時のことだ。
私のお腹から声が聞こえて来た。
「助けてくれ。俺をここから出してくれ。ハハハハ」
思わず息が止まった。
「今のは何?どういうこと?」
私が叫ぶと、もう一度、お腹から声が響く。
「お前はもう俺のものなんだよ」
ここで私は理解した。
私はこいつに体を乗っ取られていたのだ。
こいつが私の体を支配し、悪行を働いていたのだった。
ここで覚醒。
夢の記録なので、結末はスッキリしません。
実際に起こった事件が記憶に残っていたので、こういう夢になったのでしょう。
「殺人には必ず動機がある」筈名のに、動機が見当たらない。
となると、精神障害が疑われるのですが、それもまったくない。
後から「DNAが出た」という報道があったが、公表の順番が逆だから、果たして本当かどうか。取り繕うために証拠を捏造したりしていないか。
もし辻褄を合わせているとすると、犯人は別に居るから、再び事件が起きる可能性が高い。