◎夢の話 第649夜 元カノ現る
19日の昼頃、朝の薬を飲んだかどうかを失念しました。しばらく考え、「エイヤッ」と飲んだのですが、やはり既に一度飲んでいたらしく、ひっくり返ってしまいました。
何せ降圧剤を6種類飲んでいるので、2倍飲んだら、下がり過ぎてしまいます。
おそらく上で50前後まで下がっていた筈ですが、体が動かず、悪寒を感じつつ夢うつつのまま5時間過ぎました。
これはその時に観た夢のひとつです。
会合が終わり、仲間と一緒にホテルに向かった。
着いた建物は、巨大なホテル兼マンションで、ここには俺の自宅もある。
(たぶん、これまでの人生で過ごしたホテルなどの建物が一緒くたになっている。)
「じゃあ、俺は自分ちに帰るから」
皆と別れ、巨大マンションのエレベーターに乗り、50階くらいで下りる。
扉が開くと、すぐ目の前に俺の部屋がある。
部屋に入ろうとした時に、エントランスの奥に目をやると、長椅子に女が一人座っていた。
「あ、シュウジさん」
女が立ち上がり、俺の方に歩み寄る。
数秒ほど考えさせられたが、すぐに記憶が蘇った。
女は俺の元カノで、十五年前に別れた同級生だった。
今の俺は四十に手が届こうという齢だ。もちろん、女房も子どももいる。
「お、どうしたんだ」
女が微笑む。
「シュウジさんに会いに来たの」
あれから十五年は経っているのに、女は昔のままだった。
どう見ても、二十台の格好だ。胸も尻もピンと立ち上がっている。
この女とは大学を卒業後、数年の間付き合った。
双方の家族にも紹介し合う間柄になったのだが、いざ結婚話に入ろうとしたら、急に女の方が尻込みをした。
そこで何となく気まずくなり、結局、女の方が去って行った。
まあ、俺のことを物足りなく思ったのだろうから、それはそれなりに納得だ。
「急にどうしたんだよ」
そう尋ねながら、女の様子を眺めると、女は旅行用のバッグを抱えていた。
どこかに行く途中なのか。
「わたし。行くところがないの。今晩泊めてくれない?」
おいおい。十数年ぶりに突然現われて、妻子もちの家に「泊めてくれ」はないだろ。
「そんなことを急に言われてもだな」
「困ってるのよ。お願い」
相変わらず身勝手な女だ。
付き合っている時も、いつもこんな調子だった。
「ねえ。今の俺は妻子持ちだよ。『そうか』と言って泊められる筈が無いだろ。お前は元カノなんだし、女房が許すはずもない」
「元カノだって言わなきゃいいじゃない」
「それじゃあ、もっとおかしいだろ。何の関係もない女を何故家に泊める」
「だって、わたし。今晩泊まるところがないもの」
だが、もちろん、それは言い訳だ。
この女の素振りが物語っている。
こいつは今も俺が自分に惚れていると思っているのだ。だから、自分が何かおねだりすれば、きっと俺が言うことを聞く。そんな風に考えている。
別れを言い出した方は、相手のことをよく憶えており、その後も心持ちがあまり変わらない。ところが、別れを切り出された方は心の落胆を修復するために、相手のことを忘れてしまう。多くは数年できれいサッパリ踏ん切りがつく。
俺は去られた方の立場だし、未練めいた気持ちは塵ほども残っていなかった。
「チン」とベルが鳴り、エレベーターの扉が開いた。
中から現われたのは、俺の女房だった。
「あら。どうしたの?こんなところで立ち話なんかして」
女房が女の顔をじっと見る。
きっと「どこかで見た顔だ」と思ったはずだ。
俺は先んじて説明することにした。その方が問題が少なくなる。
「ほら。大学の同級生のM子さん」
女房の記憶にも女のことが残っていたらしい。女房は俺の後輩だから、どこかで見かけたことがあるだろうし、俺のアルバムの中にも写真が残っている。
「あらそう。ご無沙汰しております」
女房も俺と同じように女のことを頭から爪先まで眺め渡す。
その女がまるで学生みたいな雰囲気のままだからだな。
「今日はどうしたんですか?」
女房の問いに、女が答える。
「こちらに出て来たのですが、急にトラブルが起き、困っています。頼れる宛てもありませんので、ぶしつけだとは思いますが、お願いに上がった次第です」
女は外見の割には、至極丁寧な物言いだった。
「立ち話もなんですから、家に上がって貰ったら?」
女房が俺を促す。
「いや。この人の用件は、今晩ウチに泊めてくれと言う話なんだよ。急だから、ちょっと無理だよな」
すると、女房はひと呼吸置き、もう一度女のことを見た。
「別にいいじゃない。ひと晩くらい」
何気なく、女の方を見ると、女は俺の表情を盗み見ていた。
俺がどんな反応を示すのかを測っているのだ。
俺はこの先の展開をよく知っている。
最も簡単な展開は、ひと晩の筈がひと晩では済まなくなるというものだ。
女は何日も滞在し、家の中に入り込む。
そして、何時の間にか、女房を追い出して、自分が取って代わる。
年齢的にも微妙な年頃だし、俺のような「甘ちゃん」なら垂らしこむのは簡単だ。
もう一つは別の展開だ。
「ひと晩だけなら」の言質を得ると、「もう一人」が現われる。
女の友達か今の彼氏だな。
一人を許しているんだし、俺の家は広い。
さらにもう一人を引き込むのはハードルが低くなる。
この場合は、俺の家そのものを乗っ取るつもりだろう。
「俺はそういうのが一番嫌いなんだよ。何せ振り込め詐欺が来た時に、玄関先で両腕を切り落としてやるために鉈を置いているもの」
そして、俺のところにも早くその手の犯人が「来て欲しい」と思うほどだ。
せっかく日本刀まで用意しているのだから、早く使わせて欲しい。
「そりゃ大変だ。家の玄関までお金を取りに来てください」
毎日、俺はこの台詞の練習をしている。
俺が妄想から我に返ると、女二人が驚いて俺のことを見ていた。
俺は慌てて言い直した。
「無用な問題を起こさぬよう、ひと晩分のホテル代は俺が出してあげる。今から近くのホテルを取ってやるから、そこに行って泊まるといいよ」
その瞬間、昔、大林信彦監督が映画でよく使ったように、女の姿がきゅうっとフェードアウトして小さくなった。
ここで覚醒。
最近、妙に寝苦しかったり、こんな風に薬を間違えて飲んだりしています。
目が覚めた時の第一声は、「おお。生きていて良かった」(大笑)。
あながち、ただの想像では無いところがコワイです。