日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎三陸の海で

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三陸の海で
 4日前に三陸の田野畑に行きました。
 父が「釣りに行きたい」と話していましたので、それを叶えたのです。
 日頃は介護施設の中で暮らしているためか、父は大喜び。
 ささやかですが、親孝行をすることができました。
 
 田野畑からの帰路は、宮古回りで帰ることにしたのです。
 海岸線の道路はかなり道筋が変わったのですが、基幹道路は45号線(確か)のままです。
 ところが、田老付近で、突然、カーナビが「曲がってください」と指示してきました。
 「変だな」と思いつつも、指示に従うと、ナビは海岸の道路を行ったり来たりしました。
 ここではっと気がつきます。

 (こりゃいつものやつだな。)

 家人が「どうしたの?」と訊くので、「連れてってくれと言われている」と答えました。
 拒否して悪戯されても困るし、神社まで道案内するのは常日頃からやっているので、ひとまず受け入れることにしました。
 掌を上に向けて、「神社で下りるか、あるいは国会の前で下りろ。そこまでは連れて行く」と言うと、カーナビが正常に変わり、元の道に戻りました。

 その先はやっぱり一本道です。

 幾度か同じ体験をしているので、家人や父へも、起きた事実を率直に語ることが出来ます。
 「津波で亡くなった人ではないのだが、行き先が分からなくなっている魂を拾った。どうも向こうからは、俺のことが見えるらしい」
 最近、こういうのがやたら多いので、家人はごく普通の話のように受け止めます。

 「連れてってやるが、俺に何か悪さをしたら、消滅させる。闇に戻りたくないだろうから、静かにしていろ」
 そう念じたのですが、やはり差し障りが多少あって、その日の夕方から酷い下痢でした。
 ま、これくらいは仕方ありません。

 ちなみに、「国会」というのは、国民を舐めきっている議員に「不浄のもの」を渡すためです。
 あの世のルールはまったく違うので、どこにどう出るかは分かりませんが、悪意を見つけて取り付く筈です。
 裁判所と違い、誤審がないので気が楽ですね。
 あと、もちろん、世間的には妄想の類ですので、何が起きても免責だし、大半の人が信じないのも良いところです。

 ま、当方の間近にいて、同じ現象を味わった人は、皆信じます。
 死者にも、生きた人にも「敬意を示す」ことは大切で、どんな理由にせよ、それを怠ると、手痛いしっぺ返しが待っています。
 祟りの恐ろしさは、情状酌量が一切ないこと。死ぬまで続くし、死んでも続く。子や孫も許さない。
 と言うより、子や孫の方が先に来ます。
 
 なるべく、特定の人に起きて欲しいのですが、それを願うと、「呪う」ことになってしまうので、ただ連れて行くだけです。
 ま、神社やお寺にある「穴」で下りて貰えば、お務めはそこで終了。
 不浄霊を救済する替わりに、15分でも30分でも寿命を置いて行ってくれれば、それで良いです。

 翌日、御堂観音に参拝しました。
 ひとつじゃなく、3つも4つも拾ったようで、階段下で体が動かなくなりました。
 階段に手をついて、這うように進まねばならない始末です。

 丁寧にお線香をあげると、大概は消えるのですが、この日はまだ残っています。
 当方の目で見て、頭で考えられるようになってみたら、そりゃ離れたくないと思うのも当たり前です。
 そのうち、自己主張を始めるだろうとは思いますが、今日はここまで。

 今日の穴は、あまりはっきりしていませんでした。
 ちなみに便宜的に「穴」と呼んでいますが、実際には球体です。
 ひかり玉の一種なのだろうと推測しています。