◎扉を叩く音 (続)
「毎年、秋から冬にかけて、深夜、玄関の扉を叩く音が聞こえる」話の続きです。
この季節にはまだ早いのですが、今年は少しいつもと違うようです。
8月25日の記録。
居間のテレビの前で寝入ってしまい、そのまま長い時間眠った。
その眠りからゆくうりと醒め、起きようとした。
「イケネ。週末だから、娘が帰って来るかもしれん。夕食の仕度をしなくちゃ」
買い物に行き、食材を揃えてある。
ここで家の外の方で、微かな物音がした。
「あ。来たんだな」
長女は仕事の上がりが遅いので、家に来る時には夜中の十時十一時が当たり前だ。
「鍵を開けてやろう」
玄関に行き、開錠する。
これで、鞄の中を探らなくとも、家の中に入って来られる。
台所に行き、冷蔵庫を開く。
「あれ?」
冷蔵庫の中には、ステーキと焼き魚が入っていた。
もちろん、調理済みのヤツだ。
「そう言えば、夕食はもう食べたよな。女房や息子に食べさせたもの」
寝ぼけていたのか。
ここで時計を見ると、夜中の2時半だった。
「しっかり足音がしていたのに」
ゴーゴリの小説と同じだ。あるいは、日本の昔話にもあったかもしれん。
鬼婆(または怨霊)に狙われた男が、しっかりと戸を立てて、夜を過ごそうとするが、家の外で鳥の声が聞こえる。
「やっと朝が来た」
そう思い、扉を開くと、まだ真夜中。朝の気配は、その良からぬものが作り出したまやかしだった、てな話だ。
ああ、開錠するところまでにしといて良かった。
この手のヤツは、家の者が扉を開け、招き入れない限り、中には入って来られない。
ま、「寝ぼけていた」の範囲です。
例年の気配は、もっとはっきりしています。
まだ、その季節が始まるのには2ヶ月早いわけです。