日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第176夜 病院にて

毎日、最後に見た夢を正確に記憶しています。
普段はそれを書きとめる時間的余裕がありませんが、今は眼疾のため外出さえままならない状態なので、多少の時間はあります。
(もちろん、誤変換や粗末な文体は山ほど出ます。)
これは、朝食後に少しうたた寝をした時に見た短い夢です。
 
気が付くと、病院の中にいました。
古く大きい建物で、長い廊下を歩いています。
その途中で上を見上げると、時計が午後8時を指していました。
 
夜の割には、人が沢山います。
患者や、見舞いの家族。医師、看護師その他、わけの分からない人まで、あふれるくらいの人がいました。
人込みをかき分けて、廊下を進みます。
 
角を曲がると、一転して人影が消えました。
人がいるのは先ほどの廊下だけで、横に繋がる通路に人影は皆無です。
ある部屋の前で止まり、ドアを押し開けます。
中には、5歳くらいの子どもがいました。
男の子です。
「お。いたな。じゃあ、すぐにここから逃げ出そう」
男の子が駆け寄りました。
 
男の子の手を引いて、廊下を戻ります。
先ほどの角に差し掛かると、交差する廊下は人がうじゃうじゃです。
だめだ。これじゃあ、子どもが歩くのはとても無理だ。
並行廊下はないのか。
 
来た道を引きかえし、別の交差路を探します。
子どものいた部屋を通り過ぎても、行くべき方向に向かう廊下は見つかりません。
しばらく歩くと、非常階段がありました。
階段で下に降りてから、出口に向かえばいいわけですね。
「よし。ここから出よう」
子どもを促し、非常階段に出ます。
そこも、人が上り下りしていましたが、さっきの廊下よりはかなりましです。
 
何階まで下りればよかったんだっけ?
まあ、降りてればわかるだろ。
子どもの手を固く握り、一段ずつ下に降ります。
1階2階と下がって行きますが、らせん状の階段は長く続きます。
下がるにつれ、また周囲の人の数が増えてきました。
「絶対に手を放すんじゃないぞ」
子どもに言い聞かせ、自分の前にその子どもを行かせます。
こうすれば見失うことが無いからです。
 
しかし、人が多い。
なぜこの病院にはこんなに人がいるわけ?
ここではたと気が付きます。
「ここは病院じゃないぞ」
中に入るまでの記憶を失っているのですが、私は死を覚悟してこの建物の中に入ったのです。
「なんだっけな。ここは」
回りの人々は無表情に階段を行き来しています。
何か目的があって上り下りしているわけではなく、ただ彷徨っているのかも。
 
階段の手すりに近づき、それに掴まります。
身を乗り出して、下を見ると、らせん階段ははるか下まで続いていました。
「何百階あるんだろ」
下は真っ暗ですが、ずっと先にはひと筋の光が見えています。
 
なんとなく今の状態がわかります。
「ああ。オレって死んだんだな」
死んで、あの世に向かう所です。
私が連れ出そうと思っていた子どもは、実は逆に私のことを導いていたのでした。
なるほど。この子のことを案じるために、生きていた頃へのこだわりを忘れていました。
確か、妻がいて、子どもたちもいたなあ。
 
でも、もはや死んだのです。
生前のことを忘れなければ、あの光には達することが出来ません。
周囲にいた人々は、死んでも行くべき方向が分からずに彷徨っている人たちでした。
愛憎も喜び悲しみも、すべて生きていた時のこと。
その肉体が無くなったのだから、生前への執着心を捨てねばなりません。
 
男の子がちらっと後ろを振り向き、私の手を強く握ります。
「わかったよ」と、私はその手を握り返しました。
その瞬間に、らせん階段の中央の空間がさあっと明るくなりました。
出口が近づいたのです。
 
ここで覚醒。
最初は、その子が自分の息子のような気がしていましたが、違いました。
守ろうとしていたのに、逆に守られていたのでした。