滝では煙玉が出まくりだったのですが、その帰路の途中、アゲハ蝶がやって来ました。
蝶は夫婦の回りをくるくると回り、脇道の方に飛び去ったかと思うと、また戻って来て、二人の回りを飛びます。
「まるで、あっちの道に来い、と言っているようだな」
写真を撮ろうと思ったのですが、さすが飛翔速度が速く、うまく撮影できません。
仕方なく、その場に妻を残し、先に歩き出しました。
その時、下から犬二匹を連れたご婦人が上って来ました。
「こんにちは」と挨拶をして、すれ違います。
ダンナだけしばらく下りて、後ろを振り返ると、妻が脇道の方を見ていました。
その方向にアゲハ蝶が去ったのですね。
妻の隣では、ご婦人の犬が二匹並んで、妻と同じ方向を見ていました。
犬は視線を道の先の一点に向けたまま、微動だにしません。
ご婦人は、犬を引こうとするのですが、まったく従おうとしません。
「どうしたの。行くよ」
ご婦人が綱を引きますが、犬には動く気配がありません。
「あ。こりゃ不味いな」
すぐに、妻の近くまで戻りました。
「そっちに行ったらダメだ。その先に女が待っているから。すぐにこっちに下りろ」
この辺は、純粋に第六感からです。
ともあれ、妻がふらふらと誘い込まれ、行方知れずになっては困ります。
戻って来た妻はダンナに言いました。
「蝶々が呼んでいるような気がした」
そいつは蝶々じゃないよ。
「犬たちもあの脇道の先を見詰めたまま、まったく動こうとしなかったわ」
そりゃそうだ。犬や猫には、人間が見えないものが見えるのです。
「神隠しってのは現実にある。もちろん、あの世の声が聞こえる者だけがターゲットになる。だから、迂闊について行くな」
「だったら、私が消えないように、必ずお父さんが後ろで見ていてよ」
ダンナの答はこれ。
「連れ去られる母さんの後をついて行ったら、俺まで連れて行かれる。そういうことの無いように、少し離れたところから手を差し伸べるのが正解だ。溺れる人を助ける時と同じで、助けるために泳いで近寄ると、その人の方が水に引き込まれる」
そういう意味では、犬や猫を飼い、その様子を見るというのも、悪縁を断つ手段のひとつだろうと思います。
ま、こういう霊場に立ち入った時の話です。普段は配慮する必要がありません。