日刊早坂ノボル新聞

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◎夢の話 第793夜 蒼ざめた馬を見よ

◎夢の話 第793夜 蒼ざめた馬を見よ

 十日の午前七時頃に、出勤する家人を送るべく床に座って待っている時に、十五分だけ居眠りをした。これはその時に見た夢だ。

 昨日の「牛殺し」の続きの模様。

 

 車は保護区を脱出し、緩衝地域に入った。

 ここには、工事車両を停めるための駐車スペースがあるから、俺たちはそこで休憩をすることにした。

 俺は助手と一緒に車を降り、駐車場の外れにあった自動販売機で缶コーヒーを買った。

 助手はコバヤシという名だが、ごくごくとコーヒーを飲むと、「はあ」と溜息を吐いた。

 「何だか。色んなことがあったから、今日は一日が長く感じます」

 「本当だな。実際、保護区の中にいたのは一時間ちょっとだけなのだが」

 助手が「トイレに行く」と言うので、そいつ一人を行かせ、俺はそのままぼーっと立って、コーヒーを飲んでいた。

 

 すると、唐突に目の前の草叢ががさがさと揺れる。

 何事かと見ていると、丈の長い草の合間から、葦毛の馬が顔を出した。

 馬はそのまま俺のことをじっと眺めている。

 俺も見返していたが、その馬の眼の光り方に不自然さを感じた。

 どこか知性のある表情なのだ。

 「お前はもしや・・・。あのでかい牛の仲間か」

 声を掛けると、馬がのっそりと草を分けて出て来た。

 

 「お前がシモンを殺したんだな」

 やはりそうか。この馬もあの牛の仲間だった。

 「何故そんなことが分かるんだ」

 馬が顎をしゃくる。

 「わたしはひとの心が読めるからな。お前がシモンを殺したことは、お前の心の中に書いてある」

 「なるほどな。これも変異のひとつか。いや、そこまで来ると、もはや進化と言っても良い」

 不思議なことに、言葉を語り、ひとの心を読む馬に出会ったというのに、左程の驚きが無い。既にあの牛で経験していたからだろう。

 「あいつはシモンと言う名だったか。ならお前は?」

 馬は冷徹な視線を俺に向けている。

 「わたしの名はアンデレと言う」

 「そうか。俺の方は本郷だ」

 自分が馬に向かって名を告げていることには、さすがに俺もあきれてしまう。

 だが、これも現実のことだ。

 

 「シモンは死んだか。苦しんだのか」

 「いや。それほど苦しまずに済んだ。言って置くが、俺がお前たちのことを知っていたら、きっとこんな風には・・・」

 この俺の弁解をアンデレが遮る。

 「いや。何時かはこんな日が来るだろうとは思っていた。それにお前はシモンとこの先の約束を交わしていることだし、そのままそれを守ってくれればそれでよい。わたしには別段、お前に恨みはないよ」

 ここに助手が返って来た。

 「ボス。何かあったんですか。この馬は?」

 「彼はアンデレと言うそうだ。アンデレ。こっちは俺の助手だ」

 助手はおそらく自分でも気付かぬうちに、数歩後ろに下がっていた。

 

 「アンデレ。シモンは普通の牛の三倍くらいあったが、お前は普通の馬の大きさだ。どこか違いがあるのか」

 「その者の適応力による。影響を受けやすい者は、姿かたちも変化するようだ」

 「今日のことに気付いたのは何時だ。シモンが死んだことを悟ったから、こっちに来たんだろ」

 「ああ。お前たちが車を出した、その直後だ」

 やはりそうか。それで辻褄が合う。

 「しかし、わざわざ会いに来たのは何か用があってのことだろ。それは何だ」

 ここで助手が身構える。誰でも「復讐」を疑う状況だから、それも当たり前だった。

 「途中まで車に乗せて行って欲しい者がいるんだ。どこか数十キロも離れた街で下ろしてくれればそれでよい」

 馬の要件はこれだった。

 

 しかし、牛や馬の仲間なら、どんなヤツだろう。狼や熊なら厄介だな。

 ちらとそう考えると、それもアンデレはすぐさま読み取ったらしい。

 「いや、問題ないよ。人間だからね」

 ここで馬が草叢の方を向いて、「ヒヒン」と声を掛ける。

 すると、その草叢から人間が歩み出て来た。

 見たところ、せいぜい十七八歳の女の子だ。

 俺はここでピンと来た。

 「まさか、この娘の名はマリアって言うんじゃないだろうな」

 「そうだよ。よく分かったね。人間にしては頭が回る」

 なるほど、名付け親のセンスが分かる。総て系統的な名前ばかりで、皆が繋がっていた。

 

 「この子は赤ん坊の時に保護区に捨てられた。酷い親がいるもんだな。あそこに赤ん坊を捨てたら、まずは絶対に見つからないが、しかし、その赤ん坊は間違いなく死んでしまう」

 「生き延びたわけだ」

 「ああ。わたしたちが助けた。そして」

 「変異、あるいは進化した、ということか」

 「そう」

 ここで俺は総てを理解した。

 シモンの死は、彼らにとって予想されたものだった。巨大な体を持つから、いずれ人間に見付かる。そして「化け物」として追われ、殺されることになる。

 

 この娘を外に逃がすのは、人間の間に置くのが最も安全だからだ。

 馬が俺に向かって頷く。

 「そう。針を隠すのは針山の中ってこと」

 ま、それも正解だ。俺たちが他言しなくとも、いずれこのことは外に漏れる。

 そうすれば俺たち以外のハンターか、もしくは軍隊がやって来ることになる。

 シモンの死によって、彼らは次の局面に移ることになったのだ。

 

 「一二キロくらい、この子を背中に乗せて別れを惜しむ。先に行って適当な場所で待っていてくれ」

 「分かった」

 俺と助手は車に乗り、しばらく先に進み、車寄せのところで待つことにした。

 車に背中を預けて待っていると、夕日に照らされながら、娘を乗せた葦毛の馬がゆっくりとこっちにやって来た。

 車の前で娘が下りると、馬はすぐさま方向を替えた。

 「ではな。マリア。ではこの娘をよろしく頼む」

 馬は返事を待たず、ギャロップで去って行った。

 

 娘を車に乗せ、俺たちは車を発進させた。

 「君のことについては何も訊かない。記憶にも留めない。それでいいだろ」

 「はい」

 「もしかして、君も俺たちが考えることを読めるのか?」

 「ええ」

 「じゃあ、そもそも会話など不必要だったわけだ」

 俺はバックミラーも極力覗かぬことにした。顔を憶えぬ方がシモンやアンデレの意に沿うことになるからだ。

 「どうも有り難う」

 「うん」

 五十キロほど同乗したところで、ハンバーガーショップがあったから、俺はそこに寄ることにした。

 俺は助手と一緒にトイレに行き、食べ物を買って戻ったのだが、その時には、車の中に娘の姿は無かった。

 「あ。行っちゃいましたね」

助手が少し残念そうに呟いた

 「ま、これでいいんだよ。おそらくあの娘は、あの馬や牛なみの、あるいはそれ以上の能力を持っている。人間社会の中で生きて行くことは造作ないだろ」

 

 車に乗ると、助手が俺に打ち明けた。

 「俺。気が付いたことがあるのです」

 「あの娘のことか」

 「ええ。葦毛の馬に乗って来るところを見た時に思い浮かんだのですが」

 「蒼ざめた馬のことだろ。総てがそれを示唆しているものな」

 世間では感染症が流行り、温暖化によって洪水や干ばつが頻繁に起きている。バッタの害も著しい。

 「何だか、あの書物に書かれていたことと一致しますね。それと」

 「他に何かあるのか?」

 「別に、二十一世紀の初め頃に『新しい人類』が生まれるという説があります。遺伝子配列がホモ・サピエンスと少し違う、れっきとした新人類です」

 なるほど。保護地域の中でなら、そういう変化が起きる可能性はある。それを「変異」と呼ぶか、「進化」と呼ぶかは別にして、だ。

 「そうか。それじゃあ、俺とお前は同じことを考えていたわけだな。それなら、あの娘が消えるのも無理はない。あの娘は俺たちの心の中が全部読めるからな」

 

 なるほど。ここで俺は総てを理解した。

 今日こそが「終わりの始まり」の日になるのだ。

 ここで覚醒。

 

 夢の特徴は「常に一人称」で話が進むこと。たまに傍観者的立場になることがあるが、その場合は、概ね幽霊になっている。

 一人称の場合、文字に落とすには、表現方法に限界が生じてしまう欠点があるようだ。

 ま、夢の記録は作品ではなく、あくまで記録だから、書き殴りで構わないとは思う。

 結末も無く、取り留めのない内容になることも多いが、それが夢だ。

 

 ちなみに、夢の中の「俺」は「ホンゴウタケシ」という名だった。オヤジの多くがどっかで聞いたことがある名だ(笑)。