日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎夢の話 第835夜 彷徨

◎夢の話 第835夜 彷徨

 12日の午前3時に観た夢です。

 

 夜道を歩いている。

 明かりのまったく無い道なので、進むのに苦労する。

 すぐに橋が見えて来た。

 「ここは・・・。郷里の実家の近くじゃないか」

 俺の育った家の近くには、川に架かる長い橋がある。

 それを渡ると、三百㍍ほどで、かつて俺の育った家がある。

 

 家の前に立つ。

 その家には灯りが無く真っ暗だった。

 しかも屋根のあちこちが落ち、凹んでいる。

 朽ち果てようとしているのだ。

 「人の住まぬ倉庫になってから久しい。ついに崩れて来たのか」

 誰もいないのでは、このまま家の前に立っていても仕方がない。

 来た道を戻ることにした。

 

 もう一度あの橋を渡り、暗い道を歩く。

 「この橋って何と言う名だったか」

 もはや思い出せない。

 橋の途中で、雪が降って来る。

 いきなりどっと振り出したから、急に周囲の視界が悪くなった。

 橋を渡り切る時には、辺り一面が白くなっていた。

 「普通、こんな風になるには、四五時間が必要だ。俺はあの橋を渡るのに、どれだけ時間を要したのだろう」

 橋を出て、また駅に向かおうとする。

 しかし、もはや道が雪で覆われて、どこが道なのかも分からなくなっていた。

 「ああ。もう前には進めないや」

 

 だが、ここで俺は気が付いた。

 「でも、俺は一体どこに帰ろうとしていたのだろう」

 どうしても思い出せない。

 気が付いたのは、俺はもう「あの世の者」になっていたことだった。

 ここで覚醒。

 

 死んだ後、多くの記憶を失うから、こういう風にあてもなく彷徨う者が多い。

 どこに行ったらよいか分からず、乏しい記憶を頼りに、あっちへ行ったり、こっちに行ったりするのだろう。

 死ぬには、きちんとした死に方がある。

 

 ところで、これからコロナ感染者数、死者とも十倍から数十倍に増えて行く。

 その時には、これまでの症例などはあまり役に立たなくなっている。

 かつてのスペイン風邪の二年目がそうだ。

 最初の年が終わり、夏に下火になったが、本格的に拡大し、死者が出始めたのは、次の冬だった。

 医師や看護師に聞くと、「人工呼吸器を装着するようになると、患者の殆どが助からない」と言う。

 コロナでは割合、そこから戻って来る人がいるから、普通の肺炎でそういう状態になるケースより、むしろ帰還率は高いようだ。

 

 でもま、ある程度の覚悟はいる。

 陽性となり入院する段になったら、腹を括る必要がある。

 で、ここからが私からのアドバイスだ。

 もしそんな状況になったら、なるべく頭に思い浮かべるべきは、「楽しかった時の思い出」だ。

 家族で旅行に出掛けた時とか、仲間と食事をした時とか、どういう内容のものでもよい。

 自身が実際に経験したことで、楽しかった出来事を思い浮かべるとよい。

 死に間際での「心の持ちよう」は、死後の状態に関わっている。

 安らかな気持ちで死んで行けるのであれば、その後、あてもなく彷徨う可能性が低くなる。