日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

サッカー日韓戦の猿真似

アジア杯準決勝の日韓戦での猿真似事件を見聞きして、最初に感じたこと。
「こういう意識で戦っている選手がいることを、早く教えてくれればよかったのに」
私は、「勝敗はどうなるのか」と、無用に緊張して観戦してしまいました(テレビ観戦ですが)。
ピッチの中でプレイしている選手が、「観客席の方を見ている」ようなチームでは、負ける要素がありませんでした。かたちが、引き分けからのPK戦でも、勝ちは勝ちで負けは負け。こういうケースで負けることはありませんね。
(もちろん、日章旗云々は、明らかに「取ってつけた言い訳」なんでしょうけれど。)
 
この「事件」報道には、面白い情報も多々ありました。
韓国の人が日本人を侮蔑するのには、「ニホンザルに例える」ということ。
かつては日本でも韓国・朝鮮の人に対し、頻繁に侮蔑的な表現を使っていましたが、今は使いません。
この20年間くらいでほとんど使われなくなったのでは無いでしょうか。
(やはりチャングムさまが決定打かしら。)
でも、日本人の側が勝手に親近感を持ち始めたってことなんでしょうか。
 
しかし、むきになるのが国民性のひとつなのかも。
韓国から来た留学生には、「いかに自国が優れているか」を滔々と主張する学生が結構いるけれど、彼の国ではアジア文化の源が韓国だという主張が大真面目になされるらしい。
「キリストが日本に来た」、「ジンギスカン源義経」説は、日本ではあくまで珍説で冗談の域ですが、同じような説がまともに学会で議論されるらしい(あくまで風評です)。
 
今年は「韓国人は日本人と違い、生きたタコしか食べない。死んだタコは気持ち悪い」と主張する学生もいたなあ。
もちろん、それへの答えは「マグロを生きたまま解体しないでしょ。たまたまタコがその条件に合っていたということで、要するに地理的条件、物流の条件がどうかで左右されること」となります。
 
話はズレましたが、勝負事に「絶対」はなく、ある程度の水準に達すれば、概ね勝ったり負けたりですよ。
野球では年間約160試合の内、90勝を越えれば地区優勝ライン(MLB)。
今回、「絶対に勝たなくては」という意識が強くなりすぎて、相手を貶める所まで行ったのでしょうけれど、この選手はプロのプレーヤーとしてはまだまだだということでしょう。