日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

二戸の駅弁

先日、宮野(九戸)城を訪れた際に、二戸駅にも立ち寄りました。
1年に4、5回は二戸を訪れますが、いつも車なので、駅に立ち寄る事はありません。
駅に入るのは、二十年ぶりくらいです(もちろん、新幹線など無い時代)。
 
今回、城を訪れたのは、三の丸の真ん中辺から岩谷橋まで走ると、どれくらいの時間が掛かるかを確かめる為です。
伝承によると、「開城の前夜、城を落ち延びようとする九戸勢が、岩谷橋に多数殺到した」、とあります。
確かに、秋田津軽には、九戸旧臣の末裔が数千家族いるので、城にいた「5千人が皆殺し」になったわけではないでしょう。大体、篭城する側が皆殺しなら、城の中の話など何ひとつ残らないわけです。
南部家では、戦の後で、浪人していた九戸方の工藤右馬之助(業綱)を召抱えたことになっているけれど、もし軍大将の右馬之助が脱しているくらいなら、他にも多数の落人がいた筈ですね。
ま、南部家に限らず、大名家の作る記録の多くは後世の捏造のようです。
 
ところで、上記「殺到した」の出典は、県北地方の口承伝説のどれか。資料は家の中にあると思いますが、そこらじゅう書類の山なので、どこにいったことやら。
郷土史の研究なら、資料出所を明確に出来なければ致命的ですが、書いているのは小説なので助かりました。
少数ながらいちいち参考資料を書く人もいますが、前提が創作なので、書かない人の方が大半です。
また、注釈や資料出所を細かく入れていたら、読む方はウザくてたまらんでしょう。
 
ところで、二戸駅にはお土産店が併設されています。
そこを見物していると、駅弁らしき弁当が5つくらい並んでいました。
少ないのは、冬場の平日のせい?
昔の特急の時代だったら、駅に停車する時間が数分あったので、ホームに弁当売りがいましたが、新幹線の停車駅ではそれも難しかろうと思います。
 
「短角牛のしぐれ煮弁当」とあります。
いいなあ、短角。さっぱりして中高年向きです。
秋口のべこの競り市が見たくて、藪川(盛岡市玉山区)に行った事があったなあ。
 
お弁当は、牛肉を牛蒡と一緒に煮込んだもので、最初は牛蒡の味を強く感じます。
でも、牛蒡は牛肉の臭い消しではなく、具材のひとつなのですね。
薄味でそれほど甘くありません。
関東地方なら、砂糖醤油をぶちこんで、酷い味になっていただろうなあ。とりわけ東京の弁当類は異常に甘いけれど、あれは保存をきかすためなんだろうか。田舎者には耐えられない。
日持ちはしないだろうけど、あっさり薄塩でまとめてもらえると、中高年には助かります。
 
遅い朝食を食べたばかりでしたが、このしぐれ煮弁当は、美味しかったです。
画像は、しぐれ煮弁当と、宮野(九戸)城のあちこちです。
 
短角のしぐれ煮弁当                             本丸裏の崖  
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二の丸から望む本丸方向                       松の丸
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