体調がすぐれないのでよく眠れず、横になってもうつらうつらするのが精いっぱいです。
そういう状態のまま、夜中じゅうごろごろしており、ようやく朝に小一時間ほど眠れました。
これはその時に観た夢です。
我に返ると、どこか食堂のテラスにいた。
風が冷たく、高地のレストハウスといった風情だ。
オレの前には、若い男女が1人ずつテーブルについている。
オレたちは大学のサークル仲間だ。
「その谷ってのは、ここからどれくらいかな」
前の男が口を開く。コイツは上村という名だった。
「正確な位置はわからないけど、この道を道なりに進んで行けば良いらしいよ」
これはユカちゃんだ。
「充電は大丈夫?せっかく撮れているのに、途中で電池切れになったら何しに来たか分からない」
オレが念を押すと、上村が頷く。
「大丈夫だよ。何度も確かめたから。でも本当に出るのかな」
「ネットでは評判よ。これこそ本物だって。上手く撮影できれば、百万アクセスだって夢じゃない」
そっか。思い出した。
オレたちは、心霊ビデオを撮りに来たのだ。
もちろん、その方面に興味があるわけじゃない。
興味があるのは広告料だ。
動画をネットで公開して、これを見る人が増えれば、広告料が入ってくる。
手っ取り早く、客を増やすのは、動物や事件・事故、あとはオバケ動画だ。
動物は面倒だし金がかかる。事件・事故は演出できない。
心霊ビデオなら、とりあえず、世間で言う心霊スポットに行けば、それらしいものが撮れる。
うまく撮れなければ、合成でも良い。
「最初から、合成すれば良いんじゃね?世の中の心霊ビデオはほとんど作り物だよ」
「それにしたって、とりあえずは現地に行かなきゃ。色々撮った後に、人影を嵌め込めば、信憑性が増すだろ」
「百万の桁になったら、幾ら儲かるかしら」
「ま、当分は遊んで暮らせる。皆でワイハにでも行こう」
しかし、ネットでふんだんに紹介されているが、場所がよく分からない。
「どの辺だろうな。その怖谷って」
上村がその「怖谷」という言葉を発すると、向かい側のテーブルでオレに背中を向けて座っていた男が、びくっと身じろぎをした。
男が振り向く。
「君たちは怖谷に行くつもりか?」
イケネ。他人に聞かれちまった。
ま、聞かれたなら仕方ない。
「実はそうなんです」
すると、男は真顔でオレたちに意見した。
「肝試しにでも行くつもりなの?それなら止めた方がいいよ」
面倒くさくなるのは嫌だな。
「いえ。近くを通るので、そこの噂をしていただけです」
もちろん、これは嘘だ。
しかし、男は話を続けた。
「この世とあの世は重なっている。ところが、お互いに目隠しをしているような状況なので、生者からは死者のことがわからない。逆に死者からは生者のことが見えないんだよ。同じグラウンドで、別々に野球をしているけれど、それをお互いが知らない。全員が目隠しをしているからだ」
(このオヤジ。一体何を言い出すんだろ。)
知らず知らずのうちに、オレの眉間に皺が寄る。
「目では見られないけれど、それでも同じ場所にいれば、偶然手が触れたりすることがあるだろ。幽霊に会う、霊を見ちまう、ってのはそういうこと。相手が何だかわからないまま、たまたま手足が触れてしまうわけさ。だけど、あくまで偶然だから、皆が触れるわけじゃない。すなわち、いつも霊の存在を確かめられるわけじゃないってことだ。だがもちろん、存在はしている。バカなヤツは、自分が見えないから、『霊は存在しない』と言い張るがね。目を瞑っておいて、『見えないから存在しない』は無いだろ」
(このオヤジ。オバケの専門家かよ。ウザくなりそうだなあ。)
男がオレの頭の中を見透かすように、急に視線をオレの方に向けた。
「君たちがやろうとしてるのは、野球に例えれば、ホームベースの上に頭を差し出すことだ。君たちや霊たちはお互いを見ることが出来ずとも、頭をそこに差し出せば、いざ相手がボールを投げればかなりの確率で当たってしまう。普通の状態なら、打とうと思ってバットを振っても、滅多に当たらないんだけどね。怖谷はボールがビュンビュン行き交うホームベースの上みたいなもんなんだよ。行ってはいけない」
オレはこっそりため息を吐いた。
(あー嫌だ嫌だ。こういう話は聞いていられないや。)
「いやあ、ごもっともなお話です。僕たちは軽い興味を覚えただけで、深く考えませんでした。じゃあ、この先は道を迂回して、別の場所の観光をします」
オレがそう言うと、男はようやく背中を向けた。
3人でレストハウスを出て、駐車場の車に歩み寄る。
車のドアを開けると、上村がオレに話し掛けた。
「おい。本当に止めてしまうのか?」
オレは思わず、せせら笑ってしまった。
「バカ言ってろ。ここまで来て、手ぶらで帰れるか。あのオヤジが煩いから、テキトーに話を合わせたんだよ」
上村がニヤッと笑う。
「そっか。そりゃそうだよな」
心霊ビデオなので、薄暗い方がそれっぽい。
そこでオレたちは、時間つぶしをしながら、ゆっくりと北に進んだ。
「海岸沿いに走っていると、突然、山際に入り口が見えて来る」のだと言うから、どうしても左手ばかりに目が行ってしまう。
そのまま走っていたが、入り口は見つからず、30キロ以上先の町まで抜けてしまった。
「通り過ぎたようだよ。もう一回戻ろう」
車をUターンさせ、来た道を戻った。
いつの間にか陽が落ちて、周囲が見えなくなっている。街灯も無いので、運転するのには集中力が必要だ。
「おい。今のところ!」
「何?」
「水が流れ落ちているところがあったろ。あの脇に、ぎりぎり車が一台通れそうな小道があったよ」
もう一度、引き返し、その沢まで戻る。
確かにそこに道があった。
「もう遅くなっちまったな。どうする?」
「ゴーゴ-。行くに決まってんべ」
そのまま車で侵入する。車はオフロードも苦にしない四駆で、たとえ道が無くなっても大丈夫なはずだ。
この辺、上村の家は金持ちだから助かる。
「確か谷の入り口に入ったら、2キロくらいで大きな岩にぶち当たる。岩の割れ目を通って向こう側に抜けると、そこが怖谷だ」
ユカはそれまでスマホを見ていたが、ここで視線を外した。
「ダメだわ。やっぱりグーグルじゃあ、検索できない」
「それって、ストリートビュー?こんな山の間じゃ、無理だよ」
「僕は撮影器具を準備しとく」
ごそごそと、上村が後ろを探り始めた。
しばらく走ったが、細道が続くばかりで、一向に大岩が見えて来ない。
「まだかな」
「ちょっと長いわね」
ここで、上村が道の先に何かを発見した。
「あれ。あそこに標識みたいな物がある」
近くに寄って車を停めると、1暖召らいの高さの石が立っていた。
車の外に出て、その石を間近で見てみる。
「何か細かい字で彫ってあるな。何だろ。・・・だす。おんみだれやそ・・・。読めねえ」
「祝詞かしら。呪文?」
オレはその石よりも、石の後ろの斜面の方を見ていた。
「気持ち悪いな。この崖の上の方には卒塔婆が沢山埋まっている」
「え?どれどれ」
上村が崖に近寄る。
「うわあ。何だこりゃ。何千本あるか分からないぞ」
半分崩れた崖からは、無数の板の端が飛び出していた。
「気持ち悪いぞ。このヤロー」
上村は、地面の石を拾い、卒塔婆の山に投げつけた。
すると、当たり所が悪かったのか、崖の斜面が割れ、卒塔婆が一斉にこっちに崩れ落ちて来た。
「わあ。ヤバいヤバい!」
オレたちは慌てて後ろに下がった。
卒塔婆の山は道まで押し寄せ、あろうことか、さっきの標石を倒してしまった。
「こりゃ不味いぞ」
「もとに戻せるかな」
「ちょっと無理よ。この石は数百キロはあるもの」
ほんの一瞬の間考えさせられたが、皆の頭には同じことが浮かんだようだ。
3人が同時に頷く。
「よし。逃げよう!」
オレたちは慌てて車に乗り、その場を出発した。
「戻るより、この先に抜けた方が早いよな」
「この崩れた板の上を越えて行けるの?」
「この四駆は性能が良いから楽勝でしょ」
こうして、オレたちは卒塔婆と標石をタイヤで踏み越えて、道の向こう側に出た。
それから走ること、5分くらいで、少し広い道に出た。
「いやはや、ちょっとビビったね」
「谷の入り口は見つからなかったけれど、今のところを撮っておけば、十分に怖そうな動画になったのに」
「本当だな。慌てていたから、気が回らなかった」
ま、いっか。
それからさらに10分走ると、坂道に差し掛かった。
その坂の頂上で、一旦車を停め、向こう側を一望した。
「遠くにバイパスか高速が見える。車のライトが行き交ってるものね。この先の道は少し細そうだけど、そこを抜ければ、あとは楽勝だね」
「楽勝」は上村の口癖だった。
「何だか、今日は大変だったわね」
ほっとしたので、皆で伸びをして、再び車に乗り込んだ。
そこから30耽覆爐伴屬細道に入った。
そのまま暫らく先に進むと、道の先に崖崩れの跡があった。
「行けるかしら?」
「大丈夫だよ。この車の性能は確かだって」
しかし、3人の中でオレ1人だけはもの凄く憂鬱な気持ちになっていた。
オレの視線の先には、さっきオレたちが崩したあの卒塔婆の山が見えていたからだ。
(ここは、オレたちがつい今しがた逃げ出して来た所じゃないか。オレたちはまたさっきの場所に戻っていたんだ。そうなると・・・。)
行き着くところはひとつ。
オレたちは、とっくの昔に怖谷の中に入っていたのだった。
怖谷はこの世とあの世の交差点だ。
あの世の側に迷い込んだら、出口を探すのはやっかいだ。
オレは何だか、もはやこの場所から「二度と出られなくなっている」ような気がしていた。
ここで覚醒。
「怖谷(おそれだに)」は私の作品中に出て来る霊場です。みちのくのどこかにあるという設定でした。
夢自体は、昔の実体験を反対側から眺めるという内容でした。
すなわち、私は実際に「やめとけ」と言った方の側です。
(もちろん、怖谷とは別の心霊スポットです。)
そのことと、かなり前に、青森の恐山付近で「車だけを残して、男女3人が行方不明」という実際の事件とを結び付けて、こんな夢を再構築したのだろうと思います。