日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第275夜 心霊スポット

体調がすぐれないのでよく眠れず、横になってもうつらうつらするのが精いっぱいです。
そういう状態のまま、夜中じゅうごろごろしており、ようやく朝に小一時間ほど眠れました。
これはその時に観た夢です。

我に返ると、どこか食堂のテラスにいた。
風が冷たく、高地のレストハウスといった風情だ。
オレの前には、若い男女が1人ずつテーブルについている。
オレたちは大学のサークル仲間だ。

「その谷ってのは、ここからどれくらいかな」
前の男が口を開く。コイツは上村という名だった。
「正確な位置はわからないけど、この道を道なりに進んで行けば良いらしいよ」
これはユカちゃんだ。
「充電は大丈夫?せっかく撮れているのに、途中で電池切れになったら何しに来たか分からない」
オレが念を押すと、上村が頷く。
「大丈夫だよ。何度も確かめたから。でも本当に出るのかな」
「ネットでは評判よ。これこそ本物だって。上手く撮影できれば、百万アクセスだって夢じゃない」

そっか。思い出した。
オレたちは、心霊ビデオを撮りに来たのだ。
もちろん、その方面に興味があるわけじゃない。
興味があるのは広告料だ。
動画をネットで公開して、これを見る人が増えれば、広告料が入ってくる。
手っ取り早く、客を増やすのは、動物や事件・事故、あとはオバケ動画だ。
動物は面倒だし金がかかる。事件・事故は演出できない。
心霊ビデオなら、とりあえず、世間で言う心霊スポットに行けば、それらしいものが撮れる。
うまく撮れなければ、合成でも良い。

「最初から、合成すれば良いんじゃね?世の中の心霊ビデオはほとんど作り物だよ」
「それにしたって、とりあえずは現地に行かなきゃ。色々撮った後に、人影を嵌め込めば、信憑性が増すだろ」
「百万の桁になったら、幾ら儲かるかしら」
「ま、当分は遊んで暮らせる。皆でワイハにでも行こう」
しかし、ネットでふんだんに紹介されているが、場所がよく分からない。
「どの辺だろうな。その怖谷って」

上村がその「怖谷」という言葉を発すると、向かい側のテーブルでオレに背中を向けて座っていた男が、びくっと身じろぎをした。
男が振り向く。
「君たちは怖谷に行くつもりか?」
イケネ。他人に聞かれちまった。
ま、聞かれたなら仕方ない。
「実はそうなんです」
すると、男は真顔でオレたちに意見した。
「肝試しにでも行くつもりなの?それなら止めた方がいいよ」
面倒くさくなるのは嫌だな。
「いえ。近くを通るので、そこの噂をしていただけです」
もちろん、これは嘘だ。

しかし、男は話を続けた。
「この世とあの世は重なっている。ところが、お互いに目隠しをしているような状況なので、生者からは死者のことがわからない。逆に死者からは生者のことが見えないんだよ。同じグラウンドで、別々に野球をしているけれど、それをお互いが知らない。全員が目隠しをしているからだ」
(このオヤジ。一体何を言い出すんだろ。)
知らず知らずのうちに、オレの眉間に皺が寄る。
「目では見られないけれど、それでも同じ場所にいれば、偶然手が触れたりすることがあるだろ。幽霊に会う、霊を見ちまう、ってのはそういうこと。相手が何だかわからないまま、たまたま手足が触れてしまうわけさ。だけど、あくまで偶然だから、皆が触れるわけじゃない。すなわち、いつも霊の存在を確かめられるわけじゃないってことだ。だがもちろん、存在はしている。バカなヤツは、自分が見えないから、『霊は存在しない』と言い張るがね。目を瞑っておいて、『見えないから存在しない』は無いだろ」

(このオヤジ。オバケの専門家かよ。ウザくなりそうだなあ。)
男がオレの頭の中を見透かすように、急に視線をオレの方に向けた。
「君たちがやろうとしてるのは、野球に例えれば、ホームベースの上に頭を差し出すことだ。君たちや霊たちはお互いを見ることが出来ずとも、頭をそこに差し出せば、いざ相手がボールを投げればかなりの確率で当たってしまう。普通の状態なら、打とうと思ってバットを振っても、滅多に当たらないんだけどね。怖谷はボールがビュンビュン行き交うホームベースの上みたいなもんなんだよ。行ってはいけない」

オレはこっそりため息を吐いた。
(あー嫌だ嫌だ。こういう話は聞いていられないや。)
「いやあ、ごもっともなお話です。僕たちは軽い興味を覚えただけで、深く考えませんでした。じゃあ、この先は道を迂回して、別の場所の観光をします」
オレがそう言うと、男はようやく背中を向けた。

3人でレストハウスを出て、駐車場の車に歩み寄る。
車のドアを開けると、上村がオレに話し掛けた。
「おい。本当に止めてしまうのか?」
オレは思わず、せせら笑ってしまった。
「バカ言ってろ。ここまで来て、手ぶらで帰れるか。あのオヤジが煩いから、テキトーに話を合わせたんだよ」
上村がニヤッと笑う。
「そっか。そりゃそうだよな」

心霊ビデオなので、薄暗い方がそれっぽい。
そこでオレたちは、時間つぶしをしながら、ゆっくりと北に進んだ。
「海岸沿いに走っていると、突然、山際に入り口が見えて来る」のだと言うから、どうしても左手ばかりに目が行ってしまう。
そのまま走っていたが、入り口は見つからず、30キロ以上先の町まで抜けてしまった。
「通り過ぎたようだよ。もう一回戻ろう」

車をUターンさせ、来た道を戻った。
いつの間にか陽が落ちて、周囲が見えなくなっている。街灯も無いので、運転するのには集中力が必要だ。
「おい。今のところ!」
「何?」
「水が流れ落ちているところがあったろ。あの脇に、ぎりぎり車が一台通れそうな小道があったよ」
もう一度、引き返し、その沢まで戻る。
確かにそこに道があった。

「もう遅くなっちまったな。どうする?」
「ゴーゴ-。行くに決まってんべ」
そのまま車で侵入する。車はオフロードも苦にしない四駆で、たとえ道が無くなっても大丈夫なはずだ。
この辺、上村の家は金持ちだから助かる。

「確か谷の入り口に入ったら、2キロくらいで大きな岩にぶち当たる。岩の割れ目を通って向こう側に抜けると、そこが怖谷だ」
ユカはそれまでスマホを見ていたが、ここで視線を外した。
「ダメだわ。やっぱりグーグルじゃあ、検索できない」
「それって、ストリートビュー?こんな山の間じゃ、無理だよ」
「僕は撮影器具を準備しとく」
ごそごそと、上村が後ろを探り始めた。

しばらく走ったが、細道が続くばかりで、一向に大岩が見えて来ない。
「まだかな」
「ちょっと長いわね」
ここで、上村が道の先に何かを発見した。
「あれ。あそこに標識みたいな物がある」
近くに寄って車を停めると、1暖召らいの高さの石が立っていた。
車の外に出て、その石を間近で見てみる。
「何か細かい字で彫ってあるな。何だろ。・・・だす。おんみだれやそ・・・。読めねえ」
祝詞かしら。呪文?」
オレはその石よりも、石の後ろの斜面の方を見ていた。
「気持ち悪いな。この崖の上の方には卒塔婆が沢山埋まっている」
「え?どれどれ」
上村が崖に近寄る。
「うわあ。何だこりゃ。何千本あるか分からないぞ」
半分崩れた崖からは、無数の板の端が飛び出していた。
「気持ち悪いぞ。このヤロー」
上村は、地面の石を拾い、卒塔婆の山に投げつけた。
すると、当たり所が悪かったのか、崖の斜面が割れ、卒塔婆が一斉にこっちに崩れ落ちて来た。
「わあ。ヤバいヤバい!」
オレたちは慌てて後ろに下がった。

卒塔婆の山は道まで押し寄せ、あろうことか、さっきの標石を倒してしまった。
「こりゃ不味いぞ」
「もとに戻せるかな」
「ちょっと無理よ。この石は数百キロはあるもの」
ほんの一瞬の間考えさせられたが、皆の頭には同じことが浮かんだようだ。
3人が同時に頷く。
「よし。逃げよう!」
オレたちは慌てて車に乗り、その場を出発した。
「戻るより、この先に抜けた方が早いよな」
「この崩れた板の上を越えて行けるの?」
「この四駆は性能が良いから楽勝でしょ」
こうして、オレたちは卒塔婆と標石をタイヤで踏み越えて、道の向こう側に出た。

それから走ること、5分くらいで、少し広い道に出た。
「いやはや、ちょっとビビったね」
「谷の入り口は見つからなかったけれど、今のところを撮っておけば、十分に怖そうな動画になったのに」
「本当だな。慌てていたから、気が回らなかった」
ま、いっか。
それからさらに10分走ると、坂道に差し掛かった。
その坂の頂上で、一旦車を停め、向こう側を一望した。
「遠くにバイパスか高速が見える。車のライトが行き交ってるものね。この先の道は少し細そうだけど、そこを抜ければ、あとは楽勝だね」
「楽勝」は上村の口癖だった。

「何だか、今日は大変だったわね」
ほっとしたので、皆で伸びをして、再び車に乗り込んだ。

そこから30耽覆爐伴屬細道に入った。
そのまま暫らく先に進むと、道の先に崖崩れの跡があった。
「行けるかしら?」
「大丈夫だよ。この車の性能は確かだって」
しかし、3人の中でオレ1人だけはもの凄く憂鬱な気持ちになっていた。

オレの視線の先には、さっきオレたちが崩したあの卒塔婆の山が見えていたからだ。
(ここは、オレたちがつい今しがた逃げ出して来た所じゃないか。オレたちはまたさっきの場所に戻っていたんだ。そうなると・・・。)
行き着くところはひとつ。
オレたちは、とっくの昔に怖谷の中に入っていたのだった。
怖谷はこの世とあの世の交差点だ。
あの世の側に迷い込んだら、出口を探すのはやっかいだ。
オレは何だか、もはやこの場所から「二度と出られなくなっている」ような気がしていた。

ここで覚醒。

「怖谷(おそれだに)」は私の作品中に出て来る霊場です。みちのくのどこかにあるという設定でした。
夢自体は、昔の実体験を反対側から眺めるという内容でした。
すなわち、私は実際に「やめとけ」と言った方の側です。
(もちろん、怖谷とは別の心霊スポットです。)
そのことと、かなり前に、青森の恐山付近で「車だけを残して、男女3人が行方不明」という実際の事件とを結び付けて、こんな夢を再構築したのだろうと思います。