日刊早坂ノボル新聞

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夢の話 第486夜 猫が笑う

夢の話 第486夜 猫が笑う

 4月1日の午前4時頃に観た夢です。

 瞼を開くと、どこか知らないマンションの1室にいる。
 「ここはどこだよ」
 ゆっくりと記憶が甦る。
 夢の中の「オレ」は、森田とか森下とかそんな名だった。
 確か昨夜のオレは、この街で唯一の「クラブ」に行き、しこたま飲んだ。
 賭けマージャンで大勝し、30万を超える現金が転がり込んだからだ。
 わずか東風戦3回、1時間と少しでこの金額だから、やはり博打はやめられない。
「それからどうしたんだっけな」
 ホステスのお姉ちゃんと意気投合して、さんざ笑った。

 こういう場所で、ホステスに気を許させるコツは、実に簡単だ。
 攻略しようと思う相手にけして頭を上げず、同格かやや下に見えるようにする。
もちろん、ここは物腰の話だぞ。
 普段、客に頭を下げている人種なら、いつも見慣れた客とは真逆の物腰なので、少なくとも強く記憶に残る。
 そうやっているうちに、こちらに気を許す一瞬が生じる。
 その機を逃さず、得意な話ネタをぶっこむ。
 この場合、自分がいかに優れているかを示すのではなく、いかに人格に穴があるかという情報をさりげなく与える。要するに失敗談だな。
 オヤジの基本的な間違いは、自分を大きく見せようとすることだ。
 「どんな仕事をしている」「役についている」「金を持っている」を示せば、相手が頭を下げると思っているバカが多い。
 そんなことだから、いくら飲み代を払っても、お姉ちゃんたちは飯を食うだけ食ったら、さっさとタクシーで帰る。
 いつまでも、「バカな金づる」のままだ。

 オレはその夜、いざと言う時の武器を繰り出して、お姉ちゃんを笑わせた。
 アフターに行き、軽く飯を食うと、お姉ちゃんが「送ってくれる?」と訊く。
 「タクシーで帰る(金くれよ)」ではなく、「送ってくれ」なので、もはや十分な態勢だ。
 しかし、部屋の前まで着いた所までは憶えているが、その先の記憶がまったくない。
 「しまった。何てもったいない」
 目が醒めると、オレはベッドの上で、隣にはそのお姉ちゃんが寝ていた。

 「ここからどうしたもんかな」
 オレはこの日の昼には用事があった。
 女を起こして帰るべきか。
 しかし、勢いでこうなったのだから、女の方も気まずかろう。
 「なら、このまま寝かせて置いて、静かに出て行くのが正解かな」
 一人暮らしのオレは、「独りごと」を言う癖がある。
 この時のオレは自分の考えを声に出していた。

 その途端、部屋の隅の方から返事が返ってきた。
 「そうだよ。とっとと帰んな」
 男の声だ。
 オレは驚いて、声のした方を向いた。
 すると、そこにいたのは猫だった。
 オレには動物の毛のアレルギーがあるから、どんな種類かは知らないのだが、ふわふわの白い毛に包まれた雄猫だった。
 「おい。今、声を出したのはお前か」
 猫が「ふん」と鼻を鳴らす。
 「当たり前だよ。他に誰がいる」
 いやはや。ひとの言葉を話す猫がいるとはな。
 「お前。人間の言葉が分かるのか」
 この問いを聞き、猫がオレのことを嘲笑った。
 「当たり前だ。いつもオレたちは人間に話し掛けているだろ。お前たちはバカだからオレたちの言葉を理解しないけどな」
 確かに、時々、犬や猫がまるでひとの言葉が分かるように振舞う時はあるよな。
 「でも、いつから話せるようになったんだよ」
 「それは、オレたちがってことか?そりゃ違うよ」
 「何が違う」
 「オレたちが話せるようになったのではなくて、お前たち人間がオレたちの言葉を聞き取れるようになったんだよ。朝の3時頃にな」
 「何があったんだよ」
 「空を見ていなかったのか。銀色の光が飛んでいただろ」
 「その時間なら、オレは・・・」
 隣の女の裸を見ていた頃だな。

 「お前さ。今はそれどころではないぞ」
 「何だって言うんだよ」
 「もうすぐ9時だ。早くこの部屋から出ろ」
 「9時に何があるんだよ」
 またもや猫がせせら笑う。
 「この女のオトコが帰って来るんだよ」
 「え。男がいたのか」
 「夜の勤めには危険が多い。守ってくれる男が必要だろうに。それに彼氏じゃなくダンナだ」
 「結婚してたのか」
 「おまけにヤクザ者だよ。下田ってヤツだ」
 おいおい。そんな情報をぶっこんでくれたおかげで、猫が言葉を話すことの異常さがどこかに飛んでしまった。
 「下田がダンナだったのか」
 下田ってヤクザは、昨日の夜にオレがカモった男だった。
 他人目が無ければ、オレを「刺してやろう」と思っていそうな顔つきだったな。

 「なら。とっとと消えないとな。当分はこの街にも来ない」
 猫が頷き返す。
 「それが良いよ。まあ、しばらくの間は騒ぎになっているだろうから、案外平気だろうけど、念のためだ」
 「騒ぎって?」
 「テレビを点けてみな」
 猫に言われるまま、オレはテレビのスイッチを入れた。
 朝の番組は、どのチャンネルも臨時ニュースを流していた。
 もちろん、動物がしゃべり始めたという特報だ。

 チャンネルを回す手を停めると、その番組ではリポーターが畜柵の前に立っていた。
 「あれは屠畜場の牛溜りだな」
 叔父が馬喰をしていたので、牛の末路についてオレは熟知している。
 そのリポーターがマイクを向けていたのは、柵の中にいる牛だった。
 「なあ。オレはまだ死にたくねえよ。何でオレを殺す。オレを殺して食っても良いと、いったい誰が決めた。オレは嫌だね」
 「うわあ。そりゃこうなるわな」
 チャンネルを回すと、今度は鶏舎だった。
 これはマイクを寄せる必要はない。小屋の中から喧騒が届いていた。
 「ギャー。助けて」「狭いよ」「やめろ」

 オレは思わず、テレビのスイッチを切った。
 「こりゃ、面倒なことになりそうだな」
 「そりゃそうだよ。でも」
 「でも、何だよ」
 「お前たち人間は、理解出来ない言葉を話し、自分たちとは違う習俗で暮らす者を、毎日のように殺している。それだけじゃないぞ。互いに、丁寧に話せば意思が通じる筈の相手だって、平気で殺すだろ。なら、じきに前の通りに、自分の都合で動物を殺すようになるだろうさ」

 ここで覚醒。