◎夢の話 第537夜 モワイの惑星で
6日の午前6時に観た夢です。
宇宙船が不時着し、オレはすんでのところで爆発を逃れ、船を脱出出来た。
船は大破し、残ったのはこの体ひとつだ。
「もう帰れないが、それは最初から決まっていたことだ」
オレは20光年離れた星を目指して飛び立ったが、その時点で、同じ時代には戻れないことになる。星間飛行により時間にずれが出来るからで、もし地球に戻ろうと思ったとしも、帰り着いた時には数百年後になっている。
オレはその星の軌道を回る第三惑星に到着した。
事前に調べていた通り、この惑星には空気も水もあるはずだった。
降り立ってみると、周りは緑一色で、植物が繁茂していた。
皆、サボテンみたいに直立している。
「植物があるなら大丈夫だろ」
オレはあらゆるウイルスに対応できる抗体を服用しているから、ヘルメットを外し空気を吸った。
いい空気だ。酸素は地球よりも少し多い。
「動物はいるんだろうか」
そう思う間もなく、目の前に生き物が現れた。
ペンギンにそっくりだ。
違っているところは、くちばしが無いところだけだった。
これが五頭、十頭と集まって来る。
「猛獣には見えないよな」
オレは20年以上もの間、たった一人で宇宙船に乗っていたから、独り言を言う癖がついている。
すると、その声を聞いたペンギンたちが、何やらひそひそと相談していた。
「こいつら。言葉があるんだな」
特に害を為す雰囲気ではないので、オレはそのペンギンを無視して、この星を探索してみることにした。
歩き始めると、ペンギンたちもオレの後ろをついて来る。
何時の間にか三十頭くらいに数が増えていた。
小一時間も歩いたろうか。
しかし、どこまで行っても、同じ景色だった。
平らな大地に大小のサボテンが生えているだけで、他に何も無い。
「文明とか、この星には無いんだろうな。つまらん。せっかく長旅をして来たというのにな」
すると、唐突に後ろの方から声が響いた。
「いや。そんなことはないよ」
驚いて後ろを振り返ると、一匹のペンギンがオレのすぐ後ろに居た。
「今、オレに話しかけたのはお前か」
ペンギンが頷く。
「そうだよ」
「何で言葉が話せるんだ」
「お前がぶつぶつと独り言を言うから、それを解析して翻訳機を作った」
ペンギンの手元を見ると、ゴム風船に水を入れたようなものを持っていた。
「それが翻訳機なのか?」
「そう。お前たちの言葉ではコンピュータに一番近い。金属ではなくたんぱく質を使った装置だ」
そう言えば、地球でも同じような研究が進められていたな。
人間の脳は人類が製造した最高のコンピュータよりも精密に出来ている。情報処理装置としては脳細胞が最も効率的で高性能だ。ニューロン型のコンピュータが作れれば、飛躍的に情報処理速度が速くなる。
「じゃあ、お前たちはオレたちのようなコンピュータを使わないのか」
「ここで、俺たちモワイがそれに成功したのは三千年くらい前のことだね。俺たちはたんぱく質を合成して何でも作れるから、金属を使わなくなっているのだ」
「モワイ。お前たちの種族はモワイと言うのか」
「お前の言葉では、『ひと』というのが一番近い」
この時、オレの頭に浮かんでいたのは、もちろん、イースター島の「モアイ」だ。
あれも確か同じような意味ではなかったか。
「じゃあ、とりあえずよろしく。このオレがここに降り立った最初の人類だからな」
オレは手を差し出したが、ペンギン改めモワイの代表は、固まったままだった。
数秒後、これが挨拶だというのを理解したのか、そいつは短い手をオレの方に差し出した。
「なるほど。お前らの手はオバQ、と言うかドラエモンなみだものな。握手なんかやらんだろ」
「もっと驚くことがあるぞ。今、お前の手からDNAを採取して調べたが、俺たちモワイとお前の遺伝子はほとんど同じだ。すなわち、元は同じ生命体から別れた仲間なのだ」
「ずいぶん早いな。これもたんぱく質のコンピュータを使ったのか」
「こっちはナノ解析技術による。我々とお前の違いは、染色体の数がひと組少ないというだけだ」
「ふうん。お前たちは人類よりひと組少ないのか」
「いや。少ないのはお前の方。類縁関係で言えば、お前たちは『サル』にあたる。類人猿より前のヤツだ」
おいおい。こんな羽毛だけの体ひとつで暮らしている奴らに「下等動物」扱いされるわけなのか。
すかさず頭の中で声が響く。
「ソイレントグリーンは人間だ!!!」
おっとこっちじゃない。
「ここは地球だったんだ」
これはテイラー船長で、同じチャールトン・ヘストン主演だな。
「見た目はペンギンだろうが、俺たちモワイは下等動物じゃないよ。既に物質文明から解脱しているだけなんだよ」
「今のはオレは言葉に出していないよ。何でオレの考えていたことが分かるんだ?」
「さっき握手した時に通信機を刷り込んだからね。お前の脳にも、ナノコンピュータを入れてやろうか。そうすれば、こうやって言葉に出さなくとも会話が出来る」
「ま、どうせここで生きていく他はないのだから仕方ない。やってくれ」
すると、そのモワイは小さい掌を開いた。
「1ミリだからほとんど見えないだろ。口を開けてこれを飲み込め。このコンピュータは自分で脳に辿りついて、勝手に増殖する」
オレが口を開けると、モワイがぽんと何かを放り込んだ。
二三回呼吸をしたら、早速その効果が現れ始めた。
モワイたちの思考が勝手に流れ込んで来るのだ。
「情報を制限しないと、脳細胞が疲れるよ」
どうやって?と思う間もなく、その方法が頭に浮かんだ。
「コイツは便利だ」
「お前の宇宙船なら、三百台くらい分の性能があるんだよ」
地球に居た時にこれなら、支配者になれたよな。
しかし、「何時でもなれる」となると、途端に興味が薄れる。
「ほら。知識が増えると、物質文明には興味が無くなって来るだろ」
あれま、本当だ。
「でも、ここには不味いことがひとつあるんだ」
説明は不要で、すぐに答えが思い浮かぶ。
「モワイにも種の終わりが来てるんだな」
生物の個体に寿命があるように、種にも寿命がある。
「人間なら60年から百年で個体は死ぬ。人類は百万年だ」
その辺に到達すると、遺伝子の再生産が上手く行かなくなり、自然に死に絶えてしまう。
「俺たちモワイにもその時期が来ている」
確かに、文明の行き着く先が、このなだらかな平原とサボテンの世界なら、感動も喜びも無い。
「それって、年寄りの世界と同じだよな」
「そうなると、モワイには新しい遺伝子が必要だ。それをお前が持っている」
元は同じ祖先で、ほとんど同じ染色体の組成を持っている。
「オレとモワイのメスを交配すれば、生命力が蘇るわけだな」
「そう。それで数千年くらいは持たせられる」
しかし、問題も多い。
「どうやって交配するんだよ」
「モワイの女性は子宮が退化している。だから、お前の精液を採取して、卵子を合わせ、人工子宮で育てることになる」
すなわち、オレは種馬になるってことだな。
「どれくらいの精子を提供すればいいの?」
「種を確定するには二千人の新モワイが必要だから、百回くらい精子を出してくれればいいよ」
うへへ。こりゃ本当に種馬だ。
ここでオレはそのモワイに言った。
「とりあえずエロ本が必要だな。オレはこう見えてもアナログ人間なんだよ」
ここで覚醒。