日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第637夜 取立人

夢の話 第637夜 取立人
 10月1日の夜12時に観た夢です。

 最近、どうも人の気配を感じる。
 道を歩いている時に、自分の背後を誰かがついてくる足音がする。
 ほんのかすかな音で、オレの歩調に極力合わせようとしているが、やはりどこか違う気がするわけだ。
 オレが足を止めると、そいつも止まるし、後ろを振り向いても誰もいない。
 何とも気色の悪い話だ。

 この感触がどうにも消えないので、オレは一計を講じることにした。
 突然、カメラを自分の肩に構え、振り返ることなく後ろを撮影してやろう。
 夕方の薄暗い頃合にやれば、こちらの手元が見え難いだろうし、何か写るかもしれん。
 そう思ったのだ。
 早速、その日の夕方、それを実行してみた。
 オレの家は駅から2キロほどのところにある。
 普段はバスを使うが、この日は歩いて帰ることにした。
 真ん中付近には神社があり、その周辺はうっそうとした森だった。
 もはや薄暗くて、人通りはほとんどない。
 良い頃合だな。 
 オレはそっとカメラにスイッチを入れ、フラッシュ電源を点けた。
 足音がオレのすぐ背後に近付いて来る。
 オレは急に足を止め、右手に持ったカメラを左の肩に載せ、いきなり後ろを撮影した。
 パシャッと閃光が走る。

 「うわっ」
 背後から声が上がる。
 急にフラッシュが焚かれたので、オレをつけていたヤツが驚いて声を上げたのだ。
 後ろを向くと、わずか1メートル後ろに男が立っていた。
 小柄で小太り。黒い上下を見につけているが、ネクタイはしていない。
 「お前は誰だ。なぜオレの事をつけるんだ」
 男は目をしょぼつかせ、じっとしていた。
 「ああ眩しい」
 ここでオレは男が右手に注射器のようなものを持っていることに気が付いた。
 これって、ある宗教団体が自分に敵対する者を暗殺する時に使った手だよな。
 後ろからサリンをかけるわけだ。
 
 オレは男の注射器を叩き落とし、男の首根っこを捕まえた。
 「お前は何者だ。なぜオレを殺そうとする」
 すると男は急いで首を振った。
 「いえ、違います違います。私はあなたを殺そうとなんてしていませんよ」
 「ならそこに落ちている注射器は何だ。毒じゃないのか」
 「それは吸引器です。噴射するためのものではありません」
 「はあ、何をしようとしていたんだ」
 すると、男が口ごもる。
 「それは・・・」
 ここでオレは男の腹に一発食らわせた。
 「言わないとこうだぞ」
 また一発。
 「分かりました。分かりました。言いますよ。だから叩くのは止めて下さい」
 何だか、誰かの秘書みたいな言い方だ。
 「早く言え。このハゲえ」
 男はハゲではなく、むしろオレの方がそうなのだが、こういう時の定法はこれだ。
 相手に暴力を振るう時には、相手には無く、自分の方にある欠点を声高に罵る。
 こうすると、万が一、その現場を誰かが見ていた時に、そのことが記憶に残る。
 そこで起きたことは、「片方が相手を『このハゲ』と叫んで殴っていた」だ。
 ハゲはオレの方だから、暴力を振るっていたのは相手の方だということになる。
 咄嗟のことだから、周囲の者は状況を把握出来ない。だから、案外これが通ってしまう。

 「私は取立人です」
 「何だよ。それ。オレから何を取り立てようと言うんだ。オレには借金は無いし、人から催促される覚えはない」
 「私が取り立てているのは、1秒です」
 「1秒だと?」
 「はい。あなた様の寿命のうちのたった1秒です」
 「お前。頭は大丈夫か。それじゃあ、お前は自分が死神か、あるいは天使だとか言うわけなの。一体どこの病院にいたんだよ」
 ここでオレはすぐ脇にあったベンチに男を座らせた。
 ベンチを跨ぐように座らせると、人は急に立ち上がって逃げることが出来なくなるためだ。
 「正確には死神ではありませんが、私はその親戚みたいな者です。取立人なんで」
 「じゃあ証明して見せろ」
 すると男は懐からブーブークッションみたいなゴムの袋を取り出した。
 「あなたはどこか具合の悪いところはありませんか。やっかいな持病とか」
 オレには胃に潰瘍がある。始末が悪くて、なかなか治らない。
 そいつのせいで、オレの鳩尾はいつも重く、じわっと鈍痛を感じる。
 「オレは胃が悪いんだ。いずれ癌になる箇所らしい」
 すると、男はゴムの袋の口を少し緩め、オレの腹に空気を吹きかけた。
 シュッと音がする。
 「そんなんで治るわけ無いだろ」
 オレは男の頭をポカリと殴った。
 「暴力は止めて下さい。もう治っているでしょ」
 「嘘吐け」
 もう一度殴ろうと手を振り上げたが、オレはそこで動きを止めた。
 「ありゃ。ホントだ」
 シュッとやられた瞬間から、胃の鈍痛が嘘のように消えていたのだ。

 オレは振り上げた拳をそのまま下に降ろした。
 「他の人たちから集めた寿命です。今ので2年は延びてますね」
 オレは自分の腹を撫でてみたが、何の痛みも無い。
 「お前の言うことは事実だったのか」
 だが、オレはここでまた男の頭をポカリと殴った。
 「じゃあ、さっきも本当だってことだ。となると、お前はオレから寿命を盗もうとしていたってことじゃねえか」
 すると、男は頭を押さえながら、言い訳を始めた。
 「でもたった1秒ですよ。1秒短くなるだけです。人生の中では何万分の1の割合です。携帯だってユニバーサルサービス料っていうのがあるじゃないですか、毎月10円だか20円だか電話会社に引かれているはずです」
 「じゃあ、詐欺同然だってことじゃないか。どう使うかはっきりしないものに共益費みたいな位置づけを与える。それなのにその分の収支を報告しない。すなわち、ただ単に課金して、余分に集金しようと言う姑息な手だ。情報通信の発展のためだとか言ってな。美しい国だとか、分けの分からない美辞麗句を並べながら、その実は自分の取り巻きに金を配給するような、どこかの政治家と同じじゃないか」
 オレはこれ幸いと日頃の不満を並べたてた。

 ここで初めて男が言い返して来た。
 「偉そうにしていますが、政治家だって情報通信ビジネスの企業家だって、ほとんど詐欺師ですよ。私はそいつらとは違います」
 「どう違うと言うんだ」
 「実際にいいことに使っています。恵まれない子どもたちに集めた時間を配給しているのです」
 「何故寿命なんだよ。金をやればいいだろ」
 「銭金を与えるのは別の悪魔の仕事です。私は命を扱うだけです。貧乏な子らは親が貧しいせいで満足に教育を受けることが出来ないのです。大学には行けないし、家の手伝いで勉強時間も足りません。そういう子らに余分な時間を上げれば、その時間で人生を達成できる猶予が出来るわけです。車に乗っていくヤツにはスピードで敵わないけれど、でも時間が余分にあれば、ゴールに行き着くことが出来ます」
 ここで、オレは男の襟を掴んでいた手を放した。
 「それもそうだな。時間は金より大切だもの。ところで」
 「はい」
 「皆から同じように1秒ずつ集めているのか」
 「いえ。3秒の人もいれば3分の人もいます。当然0.3秒の人も」
 「それじゃあ、オレの1秒はどうやって決めたんだよ」
 ここで男がじっとオレの目を見る。
 「あなたは何もせず人生を送って来た。無為無策に、自分の野心にまい進することも無ければ、人のためになるようなことも何ひとつしていない。そこで1秒というわけです」
 それを聞いて、オレは苦笑いをこぼした。
 「そりゃ事実だ。オレは何も考えずに毎日をただ生きて来たものな」

 取立人の話を聞き、オレはすっかり気が抜けてしまった。
 そこで、そろそろこの男を解放してやることにした。
 「もうそろそろ行って良いよ。寿命を2年分貰ったしな。でも最後にオレと約束してくれないか」
 「はい。何でしょう」
 「オレはメディアとか、情報通信産業。それと政治家が嫌いなんだ。パケット料金とか最初に法外な値段を設定して9割を値引きしますなんて、スーパーが週末に行うことを何百倍かにして客をごまかしている。こいつらからは余分に寿命を取るようにしてくれ。一人20分とか」
 すると、男がクスクスと笑った。
 「はは。もう集めていますよ。人の心は騙せても、我々はそうは行きません」
 「ふうん。そうだったのか」
 「大体、あれこれ総合すると帳尻が合うように出来ているのです」
 ここで男が立ち上がり、ズボンの裾をパタパタと叩いた。

 「オレは昔、お前みたいなヤツに会ったことがあるよ。名前はアモンと言ったかな。そいつは子どもの姿をしていたが、しっかり悪魔だった」
 若い頃に、湖の回りをバイクで走っていたら転倒してしまった。その時にアモンに会ったのだ。
 その時もオレはあの世への召還を延期して貰ったのだった。

 男がもう一度クスクスと笑う。
 「はは。そいつは私の兄貴です。では」
 男がくるりと背を向けると、瞬きする間のうちに男の姿が消えていた。

 翌日、オレは写真を撮ったことを思い出し、画像を調べてみたが、そこには何も写ってはいなかった。
 ここで覚醒。