◎扉を叩く音(続)
「毎年、秋から冬にかけて、深夜、玄関の扉を叩く音が聞こえる」話の続きです。
一年前から、もはや「出入り自由」となったようで、音がしなくなった替わりに、家の中に人の気配があります。
八月十八日 午前五時半の記録
朝まで原稿を書いたので、シャワーを浴びることにした。
浴室で体を洗っていると、擦りガラスの向こうに人影が見える。
黒い上下を身に着けた女の姿だ。
家人が家にいる時には、いつも黒いTシャツとジャージを着ているので、てっきり家人が早くに起き出して選択の準備をするのかと考えた。
「随分早起きだな。どうしたの?近所迷惑になるから、洗濯機はまだ回さない方がいいよ」
返事がない。
浴室の中から声を掛けているので、聞こえぬのか。
黒いシルエットはそのままガラスの前に立ち、じっとこっちを見ている。
蛇口の方に向いて体を流し、もう一度向き直ったが、「家人」はまだそこに立っている。
「もうすぐ出るからな。そこをどいてくれよ」
黒い影が少し身動ぎをする。
ひと呼吸置いて戸を開くと、しかし、そこには誰もいなかった。
「あれ?女房がいた筈なのに」
光の加減で人影に見えたのか。
そこでもう一度浴室に戻り、外を見てみた。
すると、さっきは黒いシルエットが鮮明に見えていたのに、今は洗面所の明るい照明しか見えなかった。
居間に行くと、さすがにまだ時間が早く、家人も息子も目覚めていない。
「じゃあ、さっきのは一体、何だったの?」
手足や紙の具合まで、割と鮮明に見えていたのに、現実には誰もいない。
エレベーターの不具合と言い、こういう出来事と言い、不自然なことが頻繁に起きている。
思わず良からぬ想像をしてしまう。
また「お迎え」が近くに寄って来ているのではないか。
そう言えば、最近、妙な眩暈がして、立っていられないことがある。
病歴から見ると、ほぼ心臓の不調だろうと思う(不整脈)。
ストーリーとしては、「お迎え」が「正面から近付くと当方には察知されてしまう」ので、「息を殺して後ろから寄っている」ことなどが考えられる。
また、そのことを「別の者」が「エレベーター等を通じて報せてくれている」のではないかと思う。
前回の「お迎え」や昨年のように「相手がはっきり見える」状況なら、相手を見つけて「警告する」ことで避けられる。
しかし、今ははっきりとそれと分かる姿が見えない。
それでも、幾らかは目視出来ているから、まだチャンスはあると思う。