日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

凡人と強運な人との違い その2

(前の話の続きなので、このカテゴリーになってます。)

家人と2人で山梨に行ってきました。
甲府から甲州市の周辺は、山盛りの葡萄畑でした。一般家庭の庭にも当たり前のように、葡萄がワンサカ下がっています。

道には果物店の他に、農園ごとに出店しており、これもワンサカ。
家人によると、「産地だからと言って、安いわけではなく、生産者が自分で思い思いに値段を付けている」とのことです。
実際に、そういう出店で話を聞くと、「市場流通ルートに乗っているものが安いことが多い」らしいです。農園では、在庫の量や、これから出る量で、値段を決めるようです。

何軒か回り、出店が少なくなってきた頃、お茶でも買おうと、道の駅みたいな施設に車を停めました。
すると、駐車スペースの奥に、会議用テーブル2卓を出して、葡萄を売っているオバサンがいました。
家人と2人で寄ってみます。

味見用に、葡萄の粒が小皿で出してあります。
「美味しい」
値段を見ると、今まで見た中で最も安いグラム単価です。
家人は葡萄2皿を選ぶと、当たり前のように、「これとこれ2つで〇〇円で良いですか?」と値切りました。
それを聞いたダンナは、少したしなめます。
「おい。値切るんなら、あと3皿は買うんだぞ!」
ダンナのほうは、元々商家の生まれで、かつ長らく社会学の研究者でしたので、人のふるまい方や心のうちを推し量るのがくせになっています。
売り子の女性は、間違いなく、販売店ではなく葡萄農家の生産者本人です。
観光客相手に、ガツガツ儲けようというつもりはなく、駐車場の一角を借りて、リーズナブルな値段で売ってます。けしてビジネスベースの対応ではないのです。
出発点がリーゾナブルな設定なら、値切ってはいけません。

ダンナは、「うちは家族5人なんだから、箱で買ったって構わない。ちまちま値切ったりするんじゃないぞ」と、お金を出して、家人に渡しました。
「だって、ここはもう十分過ぎるくらい安い値段で出している。こんなに甘いのにね。だから、家族分買えばいいよ」と念を押します。
家人はダンナからお金を受け取り、様々な品種を選び始めました。

この会話を、周囲にいた人たちが聞いていました。
観光バスでこの地に来た中高年の女性たちです。
すぐに5、6人が集まってきて「私も」「私も」と買い始めます。
元々、10箱くらいしか積んでいなかったので、葡萄はほとんど売り切れになってしまいました。

家人はその様子を眺めながら、試食用の葡萄を食べ続け、あらかた1房分以上を食べてしまいました。
「たらふく食べたことだし」と、車に戻ろうとすると、売り子のオバサンが家人を呼び止めます。
家人が振り返ると、売り子の女性は「どうも有り難うね。これも持ってって」と、袋一杯の葡萄を差し出しました。当家で買った量と同じくらいです。

「ワタシがお店の前にいると、お客さんが沢山来るし、商品も沢山売れる。だから、いつもサービスが付いてくるのよ」
家人は、当たり前のようにこう言いました。
この「当たり前のように言う」ってところに、何だか少し腹が立ちますが、実際、いつも隣で見ていますので概ね事実です。

「じゃあ、オレのことももう少し繁盛させてくれよ。浮いた金が十億二十億あっても、オレは全然困らない」 
「そんなことをしたら、トーサンは外に遊びに行って帰ってこなくなる。うちは、ほどほど、ソコソコくらいで良いのよ」

なるほど。そりゃそうだ。
凡夫に金を持たせれば、ロクなことはないです。