日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎十月十八日の「この日のひとコマ」

◎十月十八日の「この日のひとコマ」

その1)「無料橋」

 市内唯一の有料道路が橋ひとつ渡る距離だったので、その橋のことを「有料橋」と呼んでいた。正式な地名と橋の名前もあると思うが、たぶん誰も知らない。

 一か所だから「有料橋」で分かるし、うっかりそこを通るとお金を徴収されるから、「金取られるぞ」という意味合いだ。

 今年、その橋の償還期間が終わったと見え、通行料が無料になった。

 「有料」橋が「無料」になったのだから、今の呼び方は「無料橋」だ。皆がそう呼ぶ。

 だが、冷静に考えると、「有料道路」はあるが「無料道路」はない。道路の通行は、本来、無料が当たり前だからだ。

 ここに来て、「なるほど、全国にあるみょうちきりんな地名はこういう風に出来たのか」と改めて納得した。

 

その2)「女房に対しては出来ない」

 夕方、ビデオ屋に行くと、バイトの女性(四十台半ば)が割と遠くから「いらっしゃいませ。ドータラコータラ」と声を掛けて来た。

 以前はカウンターで支払いをしており、その時にあれこれと世間話をしていたのだが、支払い自体が機会になってしまい、最近はほとんど会話をしない状態だ。

 私はよく知らん女性に対しては、とにかく「相手の良いところを見付けて褒めちぎる」ことにしている。こうすると、大体は関係がスムーズに行く。噓くさくないように言わねばならんから、それなりに気を使う。

 すると、程なくいつも挨拶を交わすようになり、世間話をするようになる。

 「気に入られる」までは行かずとも、さすがに「良い人」のポジションだと思う。

 もちろん、用事が無いのにカウンターに行って世間話をするわけにはいかんから、今は挨拶をして会釈をするだけだ。

 今日は家人と一緒だったが、車に乗る時にふと思い付いた。

 「他所のオバサンにするように、家人に対しても『相手の良いところを探す』姿勢でいれば、割といい関係でいられるのではないか」

 すぐに家人が戻って来たが、助手席に座るなり、早速、何か不平不満を言っている。

 思わず「コイツにはぜってえ出来ねえ」と口に出して言った(苦笑)。

 家人は何のことかまったく分からなかったと思う。

 大体、コイツは会話の最後には、必ずダンナをディスるヤツだし。「良いところを探す」なんてとてもとても私には無理だ。

 世間のダンナ様方だって、きっと同じだと思う。