◎古貨幣迷宮事件簿 「品評:南部仰寶黄銅母 と 背文黄銅」
半年ぶりに貸し出していた古銭が戻って来た。
もはや自分で処理する体力が無いので、息子や知人に委託して、詳細を調べたり、販売に供している。よって、個々の品が今現在どこにあるかは本人でもよく分からない。
既に在庫も残り少なくなり、「現存数品」とか「初見品」の品になって来た。
市場的に不利なのは、「初見品」や「現存数品」が一般には知られていないところだ。
テキスト(過去の銭譜記載)が無く、判断が付かないので、値が付き難い。
そういう時には自身の経験と「押し引き」で判断する必要があるが、これは同系統の品を数多く見ていなければ出来ない相談だ。
ま、多くはそのまま残るか、博物館行きだろうと思う。
いずれにせよ、資料を残しておく必要があるから、幾らか見解を記しておこうと思う。
程なく、専門誌の入札やオークションに出ると思うが、興味を持った人が検索するだろうと思う。
P01 南部仰寶黄銅母
南部錢の母銭には、赤色と黄色があると言われて来たが、本銭系(公営・請負)の仰寶母銭では、経験的に「赤8:黄2」か「赤9:黄1」くらいの比率だと思う。
ただ銭種によって幾らか違いがあり、「広穿(栗林)」は大半が黄色の地金だろう。
本銭系では、最初に水戸に倣い黄色のものが作られ、汎用母としては赤色を採用したのではないかと考えられる(推測)。
赤色の母銭がよく使われているのに対し、黄色はあまり使われていないものが多い。
ただ、浄法寺山内座ではその逆で、最初は黄色から赤色と同じだが、次鋳段階では黄色も作ったようだ。なお「次鋳」というのは、当百錢の大字母銭のやや小ぶりな次鋳母銭が黄銅母であるため、「当百錢の母銭と同じ」という意味だ(二番目に作ったという意味ではない)。
山内でも、やはり赤色の方が多いわけだが、これは錫が割合「高価だった」ということだろう。
寶字珎の左点が直立しているが、同型品が見つからなかった。たまたま偶然出来たようbには思えぬが、遠目でははっきり分からぬのと、通用鉄銭には鋳出ししなさそうなくらい細い。これは、次に持つ人の判断にゆだねる方が良さそうだ。「仰寶黄銅母」を基準とすることにした。
ちなみに、参考だが、背文銭の黄銅銭がこの品に地金が似ていた。
こちらは輪側に斜めに線状痕(鑢痕)が入っているように見えるが、もし密鋳写しなら面白い。背文銭本来は真鍮で色がすぐに変わってしまうが、配合が黄銅のようで、長期間そのままにしても変色しない。
奥州では「写し」に様々な変化があるので興味深いが、何とも言えぬところだ。
知人が調べたが、「よく分からなかった」とのこと。