日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

なぜ「個人の見解」をニュース配信するのか

ブログやツイッターは、あくまで個人の感想や意見を記すものです。
ところが、ブログ記事をニュース扱いでテレビや新聞で取り上げたり、ニュースを検索すると自動的にどっかの誰かの意見や感想が湧いてきたりします。
出ないように設定しても、いつの間にか出て来ます。

こういう風潮はどうかと思いますね。
公共性を持たない個人の意見など、読みたくもないし、知りたくないです。

ブログなら、あくまで「日記」という解釈に留めておけば良いです。
読みたくなけりゃ、開かなければ良いわけです。
これをニュース配信すると、くだらない個人の意見を半強制的に聞かされてしまいます。
しかも、そういう「風潮」があるかのように聞こえてしまいます。
そういう時流に乗って、「ブロガー」なんてものを認知しもてはやすようでは、あきれてしまいます。

ネットニュースの後に湧いてくるコメントを見ると、「吠えて」いるのは概ね同じヤツです。
同じヤツが、同じ系統のニュースに反応して、繰り返し繰り返し書いてます。
どうやらほかの国でも同じことが起きている模様です。

個人的見解は、多く暴走するものです。
それが頭の中だけなら問題ないのですが、頭とPCやスマホまでの距離はわずか数十センチなので、つい書いてしまう。
道で大声を上げて誰かを罵るのと同じことです。

ネットユーザーには「自制しろよ」と言うくらいで良いのでしょうが、テレビ局には少しきつくクレームを言う必要がありそうです。
極端な意見を大々的に取り扱うことで、世論操作が出来てしまいます。

ちなみに、有力者の意図を汲んで、世論や風潮を作り出すためのニュースやうわさを「D通ニュース」とか「H堂ニュース」と呼びます。色合いが微妙に違いますので、ひとつずつ分析すると面白いです。
選挙にむけての操作は分かりよく、「いつ」「どこのテレビ局」が「どういうタイミングで」「どういうスタンスの」情報を流すかで、状況が見えて来ます。

ちなみに、これはブログ記事で、日記のつもりです。
個人的感想なので「受け」はまったく期待していません。