日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第450夜 縞女

夢の話 第450夜 縞女
 24日の夜、テレビを見ながら寝入っていました。
 これはその時に観た悪夢です。

 我に返ると、目の前にコンクリートの階段がある。
 視線を上に向けると、「T病院」と書いてあった。
「オレは一体何をしにこの病院に来たんだろ」
 何気なく胸のポケットに手を入れると、折りたたんだ紙が入っていた。
 それを引き出してみる。
 紙は新聞記事のコピーだった。
 その記事に目を通す。
「高速料金所で事故。スキー帰りのワゴン車が居眠り運転。スピードを落とさず侵入し、料金所に激突」
 若者4人が乗っていたが、救急搬送でこの病院に運ばれた。
 そう書いてあった。

「ありゃりゃ。そいつはつい数日前にオレが夢で観た話だぞ」
 その夢で、オレはあの世とこの世の中間の世界で、その若者たちを見た。
 男が3人、女が1人で、男たちは既にあの世の住人だ。
 女の子1人だけがまだ息があったのだが、オレがその子を連れてこの世の扉を開けた時には、その子の姿が消えていた。
 そんな夢だったが、ちょうどそれが3日前だ。
目を醒ました時、それが余りにもリアルだったので、オレは念のため、ニュースを調べてみたのだ。
 ところが、その事故は実際に起きていた。
 スキー帰りの車は料金所の手前でまったく減速せずに、まず前の車にぶつかった。
 その反動でコースが変わり、今度は料金所の窓口に激突した。
 男3人はほとんど即死の状態で、女1人がICUに入っている。
 その事故の巻き添えを食ったのが、前の車の後部座席に乗っていた子どもと、料金所の職員だ。子どもは何とか助かったが、職員の方は、窓から車が飛び込んできて壁と車の間に挟まれてしまった。これも即死だった。

 「もし、本当にあの子で、あの子がまだ死んでいないのなら、おそらくあの子の魂はまだあそこにいる」
 あの和風の旅館みたいな世界だ。
 あそこには何部屋もあるから、そのうちのどれかに隠れているのだろう。
「だって、縁側廊下には悪霊と怨霊が行き来している。もしあの世界から出てあの世に行っていないのなら、縁側ではなく部屋のどれかにいるはずだ」
 オレはそのことを確かめるために、この病院に来たのだ。

 病院の受付で、オレは「事故で運び込まれた女性の親戚」だと告げた。
 事務職員はオレを一瞥すると、「面会は出来ませんが、窓の外から様子を見るくらいなら構いません」と答えた。
 この病院の集中治療室は、無菌状態を保つため、ガラス張りになっている。
 その窓の外から女のこの顔を確認したが、やはりあの子だった。
「おいおい。ということは、オレは夢を通じて、現実にこの世とあの世の間を行き来しているということじゃないか」
 それなら、悪夢はただの夢では無くて、この世の現実と繋がっているということだ。
 何だかそら恐ろしい。
 
「それでも、現実にあの子が存在しており、今もあの世界のどこかにいるのなら、オレはあの子をこの世に引き戻すことが出来るってことだよな」 
 やり方は何となく分かる。
 オレの生命力を極限まで下げれば、夢を通じてあの和風旅館に入れる。
「いつも飲んでいる薬を飲まず、少し酒を飲んで寝るんだな」 
 不整脈があったり、血圧が高くなっていればなお結構。
 あの世との敷居が低くなる。
「でも、もちろん、それはオレにもかなりのリスクがあるってことだ」
 あの世界に入ったは良いが、この世のオレの体が参ってしまえば、オレはそのままあちらの住人になってしまう。
「あんな子なんて放っておけば良い。自らが招いた結果なんだもの」
 そんな「内なる声」も聞こえるが、やはり好奇心には勝てない。
 オレはこれまでの経験から、この世の霊感師や霊能力者のほとんどが「ウソツキ野郎」で、空想を騙っていることに気が付いている。
 あんなインチキ野郎どもの話を聞かされるから、誰ひとりとして本当のあの世のことを分かっていない。
 きちんと伝える者が必要だよな。
「ま、あの女の子と心中する気は無いから、ヤバくなったらとっとと独りで帰ってくればいいわけだな」

 こうしてオレは、普段は医者から禁じられている酒を飲んだ。
 すぐに動悸が激しくなり、胸が苦しくなる。そこを我慢して、横になり眼を瞑る。
 息苦しいので、なかなか眠れないのだが、何とか夢の世界に入ることが出来た。

「やっぱりここなのか」
 何度か訪れたが、和風の旅館だ。たぶんHの温泉旅館だ。
(そう言えば、妻とH温泉を訪れた時に、カーナビがおかしくなって、同じ所をぐるぐると回らされたんだったな。あの時に繋がりが出来たのか。)
 縁側廊下は嫌な場所なので、オレは早々に部屋のひとつに入った。
 そこには誰もいなかった。
 その部屋の奥まで進み、襖を開くと、また畳の部屋がある。
 やはり誰もいない。
「この調子で探していたら、どれだけ手間と時間が掛かるか分からない。長居すると、オレ自身に危険が及びそうだな」
 部屋は幾つくらいあるんだろ。何百か、あるいは何千何万か。

 幾つ目かの部屋の襖を開けると、その部屋の隅に男が座っていた。
 壁に向かって、何やらぶつぶつと独り言を言っている。
「ああ。こういうヤツは旅館やホテルにたまにいるんだよな」
 この世に戻れず、あの世に行けず、かと言って悪霊にもなれず、ただじっとしているヤツだ。
 「可哀そうだから、オレの手であの世に送ってやろう」
 オレはご神刀を引き抜くと、後ろから袈裟懸けにその男をぶった切った。

 1人を斬ると、その影響が生じるらしい。
 次の部屋にも、その次の部屋にも、誰かが座っているようになった。
 その都度、そいつを斬るのが面倒になり、遂にはオレは誰かがいるとそいつを蹴り倒して先に進むようになった。
 どうせ現世には戻れないやつらだし、先に行くなら自ら眼を開かないとな。

 こうして何十かの部屋を開け閉めしたが、遂にオレは最後の襖を開いて縁側廊下に出た。
「あららら。端まで来ちゃったのか」
 廊下の片側の先を望むと、はるか数キロ先まで続いていた。
 反対側もやはり同じだ。
「これじゃあ、切が無いよな。隣の部屋列だってこんな調子だろ」
 ふう、とため息を吐く。
 ところが、ちょうどその時に縁側の暗がりでうごめく影を見つけた。
 一瞬、悪霊か魑魅魍魎の類かと思い、緊張したが、うっすらと見えるシルエットはこないだの女の子だった。
「おい。美奈ちゃん。こっちこっち」
 オレは病院でその子の名札を見ていたから、今は名前を知っている。
 名前を呼ばれたことで、女の子が安心したのか、オレの方に駆け寄って来た。
「無事だったか」
「端っこに小さくなって隠れていました」
「怖かったろ。ここは色んなのが通るから」
 女の子がこっくりと頷く。

「よし。今度こそこの世界から出て、病院に帰ろう」
 そして、この子がICUで眼を開いた時には、ここのこともオレのこともすっかり忘れている。それが一番良い道だろ。
「今度はこのオレにしっかり掴まってな。そうすれば必ず家に帰れるから」
「はい」
 ここで、オレは縁側廊下の外側に向かって、ご神刀を大きく振った。
 すると、パアンと空中に傷が出来、それがたちまち扉に変わった。
 「やってる本人がびっくりだ。ここからはこうやって出るのか」
 オレはドアを押して外に出た。扉の外は眩しい光に満ち溢れていた。

 眼を開くと、オレは長椅子に横たわっていた。
 窓の外からはお日さまの光が盛んに差し込んで来る。
 台所には妻が立ち、何かを料理していた。
「おおい。オレはどのくらいここで寝ていた?今は何時」
 妻が台所の覗き窓から、「今は3時過ぎよ。寝てたのは15分くらいかしら」と答える。
「たった15分なの?」
「そう。今日はお天気が良いから、お父さんが庭の花に水をやってくれない?」
「分かったよ」

 どうやら成功したようだ。
 明日にでもあの病院に行って、あの子の様子を確かめてみなくては。
 オレは立ち上がって居間を後にし、玄関から外に出た。
「良い天気だよな」
 ホースを外の蛇口に繋ぎ、シャアシャアと鉢植えに水を掛けた。
 妻の趣味で、家の玄関の周りには30個を超える鉢植えが置かれている。

 ひととおり、水を掛け終わった頃、玄関の扉が開いた。
  すぐさま妻が顔を出す。
「ご飯が出来たわよ。すぐに食べる?」
「うん。今行く」
 すると、妻が道の方に顔を向けて、頭を下げた。
「こんにちは」
知り合いでも通り掛かったのか。
 オレはそう思って、道の方に顔を向けた。

 その時、オレの家の門の前に立っていたのは、女だった。
 縞模様の着物を着て、頭は丸髷だ。
 それを見たオレは一瞬ドキッとした。
 何故なら、その女の出で立ちは、あの旅館の縁側にいた悪霊にそっくりだったからだ。
「だが、頭はきちんとしているし、頬は紅をさしたように明るい色だ」
 あの悪霊は無表情で、心の無い眼をしていたが、今はにこやかに笑っていた。
「何だ。気のせいか。ああびっくりした」
 もしこの世にあの悪霊が出て来たなら、多くの人に災いが降り掛かることだろう。
「まそんなことは無いよな」
 オレは顔に愛想笑いを浮かべ、その女に向かって頭を下げた。
 女は軽く会釈を返すと、オレの家の門から歩き去ろうとする。

「あの女のひと。どこの人だっけ?」
妻に尋ねたが、妻の方も「さあ」という返事だった。
「ご近所にあんなひといたっけかな」
 再びオレは視線を縞の着物の女性の方に向ける。
 
縞模様の着物の女は、道をゆっくりと遠ざかる。
 そこに、向こう側から中年の男が通り掛かった。
「わ」
 オレは思わず声を上げてしまった。
 その男とすれ違う、その瞬間に、着物の女が男の肩に飛び乗ったからだ。
 ちょうど肩車をするような格好で、女は男の首を太腿で挟み込んだ。
「え?」
 その女が男の頭を抱きかかえるように両腕を回す。
 腕がしっかりと男の頭を抱えた瞬間に、女の姿は消えてしまった。

「しまった。やはり、あれは悪霊だったか」
 あの縞女が、この世に出て来てしまったのだ。
 「犯人はこのオレだな」
 オレは今の事態をはっきりと悟った。
 あの世界から外に出た時、再び迷子にならないように、オレはあの美奈という女の子をオレの体に掴まらせた。だが、その女の子にはもう1人が掴まっていたのだ。
「それが、あの縞女だ」

 今のオレには総てが見通せる。
 縞女は大正時代に死んだ芸妓が変じた悪霊だ。
 年増の女が旦那に蹴られ、恨みを残して息絶えたのだ。
そういうのが取りつくってことは・・・。
 「あの男。浮気をしてたんだな」
 たぶん、女のことでも考えながら歩いていたのだ。
 悪霊にとっては、格好の相手だ。
 「可哀相に」
 もはや男の中に入ってしまったから、切り離すのは難しい。
 しかも、あいつが祟るのは、奥さんや愛人と来たもんだ。
 「どういう訳か。悪霊は自分と同じ境遇の者に災いを為すものだからな」

 やられたぞ。
 長い間、この世とあの世の狭間に眠っていた「縞女」は、目覚めると悪意を振り撒きたくて堪らなくなった。そこで、事故で瀕死の状態にある女の子と、このオレを利用したのだ。
「あの子はどうなったんだろ」
 その答えは分かっている。
 用が済めば、あの子は不要になる。
 たぶん、あの子はまたあの旅館に戻っている筈だ。
 
 ここで覚醒。