日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第497夜 「閉店します」

夢の話 第497夜 「閉店します」
 6日の朝方に観た夢です。この夢は折りにふれ、必ず出てきます。

 瞼を開くと、目の前に暖簾が見える。
 焼肉屋の暖簾だった。
 店の名前が「南大門」。
 元は小料理屋だったのだが、そこが売られて朝鮮料理屋に替わったのだ。
 「ここには週に一遍くらい来る」
 オレは連れにそう説明し、暖簾をくぐった。
 連れは女で、つい最近、オレはこの女と半同棲みたいな暮らしに入った。
 「今晩は」
 声を掛けると、カウンターの奥から店の小母さんが顔を出す。
 「いらっしゃい。あら、今日は奥さんと一緒?」
 奥さんではないけれど、まあ、いっか。

 この小母さんは韓国人で、60歳前後。
 ここに店を開いてから3年くらい経つ。
 ここはカウンターに4席と座敷に3卓しかないような小さい店で、ランチ時はこの小母さん独りで切り盛りしている。
 夜はさすがにバイトを1人2人使っているようだ。
 「誰もいないから、そこに座るといいよ」
 小母さんに言われるまま、オレは連れと一緒に一番広い卓に座った。
 「ここは日本風にアレンジした味ではなく、完全に韓国の味なんだよ」
 最初に来たのは1年くらい前だ。
 家に帰るのが遅くなり、既に十時を過ぎていた。他に開いている店がなくて、たまたまここだけが開いていたので、入ってみたのだった。
 それが大正解。
 普段食べている焼肉屋の料理とは、ひと味もふた味も違っていた。
 元々、オレはキムチが嫌いで、「こんなのは腐った白菜だ」と思っていたが、この小母さんのは全然違う。
 ナムルも「これがナムルか?」と思うくらい味が違う。
 「タンは、ほとんどの人が塩で食べるけれど、実はタレに漬け込んだヤツの方が美味いんだよ。味が深くなる」
 オレは女にそう語ったが、もちろん、小母さんの受け売りだ。
 「ビビンバはこうやって食べるんだよ」
 辛味を散らして、丁寧に混ぜ、わかめス-プと和える。これで、味が滑らかになる。
 「本当だね。美味しい」
 女が笑う。こういう風に喜んで貰えれば、連れて来た甲斐がある。

 食事を済ませ、お金を払う。
 小母さんがお釣りを渡しながら、小さな声で言った。
「ごめんね。この店は来週で閉めることになったの」
 「え。本当ですか」
 まあ、店は駅から少し離れているし、住宅地の中だ。
 客だって日に7組から10組ってとこだろうが、オレみたいな固定客だっているはずだ。
「私は癌になっちゃったから、店を続けられなくなったんですよ」
 そうか。それなら仕方ない。
 店を閉める日は、ちょうど1週後の金曜日だと言う。
 カラカラと戸を閉め、歩き出す。
「店の主人と客としてではなく、いろんな話をした。オレが行くのはいつも夜中だったし、他に客もいなかったからね」
 小さい頃の話とか、前のダンナの話とか。
 今では、まるで親戚の叔母さんみたいな感じになっている。
「じゃあ、最後の日も来なくちゃね」
「そうだよな」
 お別れの言葉くらいは言わないと。

 ところが、オレは閉店の日に、店へは行けなかった。
 女とゴタゴタして、結局、別れてしまったからだ。
 別れた日の翌日、オレは自分の口座にある金を1円も残さず女に送金した。
 前に知人がこう言っていたのを記憶していたからだ。
 「好きな女と別れると、後々までそれを引きずる。未練が残ったりするからだな。そういう相手への思いをスッパリ断ち切るには、金を払うのが一番だ。手切れ金とはよくしたもので、金を払うことで、関係も心も切れる」
 ヤメ暴のHさんが言っていた言葉だ。
 大した金額ではないが、それでも全財産だ。
 次に金が入るまでは、バクチで食いつなぐしか道はない。
 
 だが、そういう状況だとバクチは負ける。
 麻雀を打ちに行ったが、やはり2、3日負け続けた。
 こういう客には、店はどんどん金を貸す。良い「お客さん」だからだ。
 しかも、この客は「借りた金を詰まらすとどうなるか」を熟知しているわけで。 
 結局、ずっと負け続けのままだったので、小母さんが閉店する日に店に行けなくなってしまったのだった。
 ボロボロに負け、少なくない借金を背負って、麻雀店から出たのは、朝の7時頃だった。
 店主からさらに借りた金で喫茶店に入り、コーヒーを飲んだ。
 コーヒ-カップを置いた時に気が付いた。
 「本当だな。気持ちの整理がついてら」
 Hさんの言葉は本物だった。おそらく何度もそういうことを体験したのだろう。

 半年後、オレは女から手紙を貰った。
 手紙には「また会ってくれ」と書いてあった。
 オレはそれを断り、それ以後、1度も会ったことはない。

 ここで覚醒。

 実際にあった出来事がベースなので、何度も繰り返し夢に観るわけです。
 某区にある文化センターの前が、まだ草ぼうぼうの野原だった頃の話です。
 小母さんは末期がんだったので、程なく亡くなっただろうと思います。
 繰り返し夢に出るところを見ると、この「小母さん」も「女」も、心に深く刻まれているらしいです。

 ちなみに、今ではキムチは「腐った白菜」に戻りました。

 夢の話は、目覚めた直後に「15分程度で書く」のを決まりにしていますが、これは25分掛かりました。
 制限オーバーは思い入れのせいです。