日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎夢の話 第516夜 居間の来客

◎夢の話 第516夜 居間の来客
9月26日の午前4時頃に観た夢です。

帰宅して、居間に入ると、ソファに女性が座っていた。
その場所は、いつも長女が座る隣の位置だ。
「あ。お客さんでしたか。こんにちは」
頭を下げて、テーブルに荷物を置いた。
扉が開き、長女が入って来る。
トイレに入っていたらしい。
長女はいつもの場所に腰を下ろした。

ところが長女は友だちを父親に紹介することをせず、スマホを見始めた。
「おい。まずはお客さんを紹介してくれよ」
長女が顔を上げる。
「え。お客さんって誰のこと?」
何を言ってるんだか。
「ほれ。お前の隣に居るだろ」
気の短い長女が怒り出す。
「何言ってるの。わたしの隣には誰もいないよ。変なことを言わないで」
おいおい。そこにしっかり見えてるじゃないか。
「冗談言ってんのか。そこに居るだろ」
「冗談じゃないよ。ほら」
長女が右手を伸ばして、隣の空気をかき回した。
すると、若い女が嫌な顔をして、長女から少し体を離した。

なんだよ。幽霊か。
オレは昔から、時々幽霊を見る。
テレビや映画と少し違うのは、実際に居る幽霊は「おどろおどろしい」姿などしておらず、見た目はごく普通の人間と変わりない。
表情だけでなく重量感もあるし、オレはそいつに触れたりもする。
ところが、他の者は触れないし、見ることも出来ない。
たまに声だけが少し聞こえる程度だろ。
オレにとっては、普通の人間とまったく見分けがつかないのだが、ひとつ完全に違うことは、幽霊はある一瞬に突然消えるということだ。

長女は鈍感な性質で、生まれてから一度も幽霊を見たことが無いし、声を聞いたこともない。
「こんなヤツじゃ、説明するだけ無駄だな」
この独り言に、長女が顔を上げて「え」と問い返した。

仕方ない。ま、無視しているうちに、自然と消えるだろ。
オレは幽霊女のことを見ないようにすることに決めた。
冷蔵庫から牛乳を出し、スーパーで買って来たクッキーの包みを開いた。
おやつを食べ始めると、何やらソファのほうで気配がした。
幽霊女が立ち上がって、テーブルに近付いてくる。
女はオレの前まで来ると、向かい側の椅子に座った。
正面に座られると、さすがに視野の中に入るのだが、オレは女を通過して外の景色を眺めている振りをした。
ところが、そんなことは女も先刻承知だ。

「見えてますよね」
一応、駄目元で気付かぬそぶりをしてみる。
すると、女は頭を傾けて、オレの視線のまん前に顔を寄せた。
「ほら。見えてる」
いつもながらゲンナリするが、仕方ない。
「オレは何も出来ないよ。だから自分で成仏するか、どっか別の人のところに行けば?」
女が首を振る。
「わたしのことが見えてるじゃない。他の人なら全然気付かない」
ここで、オレは仕方なく、その女に向き合うことにした。
まともに見ると、なかなかの美人で、スタイルもいい。
試しに、手を伸ばして女の手に乗せてみる。
やっぱり、いつも通り、人の触感があった。体?が冷たいだけで、生きている人間となんら変わりない。
「暖かいわ。もっと触って。いつも寒くて仕方ないの」
この時、オレはほんの少しエッチな想像をした。何せ若い女だし、抱っこしてみたらどうかと考えたのだ。
「いや、駄目だ駄目だ。あっという間に熱を取られて、こっちがくたばってしまう」
オレはすぐに手を引っ込めた。

ここで女が口を開いた。
「ねえ。わたしのことを助けてくれないかしら」
「無理だよ。君は死んでるもの」
「嘘。わたしはこうやって生きてるじゃない。きっと魔法か何かにかけられたのよ」
「いや。死んでるんだよ。その証拠にオレ以外の人には触れないだろ。大体、アンタが見えるのはオレ以外にはほとんど居ないはずだ」
図星だったらしい。女が急に黙りこくった。

「それなら、やっぱりあなたが助けてよ。わたしを元通りに戻して」
「そりゃ無理だね。あんたは死んでるし、遺体はたぶん火葬になってるだろ。戻る体がないもの」
「そんなの絶対にウソ。わたしはこうやって生きてる」
「あの世に行けない幽霊は皆そう言うんだよ」
「どうしてそんなこと言うの。あなたが助けてくれれば良いじゃない。助けて。ねえ、助けて」
「煩いなあ」
すると、女が瞬時に移動して、オレの隣に来た。
耳に顔を寄せるようにして、オレにささやく。
「助けてよ。サービスしてあげるから」
「キャバクラでシャンパン1本入れるわけじゃないんだから、そんなのでその気になるか」
かわいい顔をしていたって、どうせ幽霊だし。
「助けてくれないと、ずっと付きまとうわよ」
そりゃそれで少し困る。
この調子で「助けて」「助けて」と言い続けられた日には、煩わしくてしょうがない。

「ええい。分かった。お前の家に連れて行ってやろう」
「ほんと?」
「家には誰か居るのか」
「お父さん、お母さんと弟」
「そこでお前が死んだことを確かめたら、納得してあの世にいくか?」
「ウン」
そこで、オレはこの女をかつての家に連れて行ってやることにした。
女の実家は※葉の※張だと言う。
「場所を憶えているのか?死ぬと大概の者は生前のことを忘れてしまうからな」
「大丈夫」
早速、出掛けることにした。
家を出ようとすると、長女が声を掛けて来た。
「お父さん。ぶつぶつ独り言を言ってるかと思ったら、また出掛けるの?」
いいよな、こいつは。オレのような煩わしさを感じることが無い。

電車に乗って、座席に腰掛けた。
女も最初は隣に座っていたが、次第に周りの席が埋まって来た。
「他の人はお前のことが見えないんだから、いずれきっとお前の上に座る、そういうのってもの凄く気分が悪いんだろ」
長い間、オレは幽霊を見てきたから、こいつらの習性をよく知っていた。
「オレの膝に座ってな」
こうしてオヤジの膝に若い娘がお尻を乗せた。
これが生きてる人間の姿なら、本当にへんちきりんな格好だが、幸い他の人には見えない。
気をつけるのはガキで、子どもには幽霊が見えるヤツが結構居る。
幽霊女のケツは柔らかで、生きている人と変わりない。ただやたら冷たいだけだが、ズボンを穿いている上なら気にならない。

電車を下り、タクシーで女の生家に向かう。
「ところで君の名前はなんて言うの?」
「オノデラショウコ」
「そっか」
家の前に立つ。表札には「小野寺」と書いてある。
女の記憶は確かだったらしい。
チャイムを押すと、「はい」という男の声がした。
「こんにちは。こちらのご家族で小野寺ショウコさんという方が居られますでしょうか」
男が玄関口に顔を出す。
「小野寺祥子は私の大伯母ですが」
大伯母か。それなら、この男は幽霊女の弟の孫のはずだった。
「私は祥子さんの生前に付き合いのあった者です。出来ましたらご仏壇にお焼香させていただきたいのですが」
「大叔母が交通事故で亡くなったのは四十年前ですが」
「親同士が知り合いで、私は赤ん坊の頃に抱いてもらったのです」
「そうですか。それではお入りください」
こういうこともあろうかと、駅前で菓子折りを買っていた。
オレはそれを仏壇の前に供え、両手を合わせた。
「もう分かったよな。君はかなり前に死んでいるんだよ」
体の向きを変えると、そこに幽霊女の姿は無くなっていた。
「ヤレヤレ。納得してくれたか」
ま、これで付きまとわれる心配はないだろ。

オレは小野寺家を後にして、駅に向かった。
タクシーを折り、改札に向かう。
ところが、何気なく後ろを向くと、あの幽霊女がオレの真後ろに立っていた。

「おい、お前。納得したんじゃないのかよ」
「だってわたし。行くところがないもの」
「あの世があるじゃないか」
「あの世ってどっちにあるの?」
これでは埒が明かない。
「オレは生きてる人間なんだから、そんなの知るわけが無いだろ」
「でも、わたしらが見えるじゃない。きっとあの世だって見えるでしょ」
「馬鹿言うな」
「そんなこと言わずに、わたしたちを助けてよ。沢山サービスしてあげるからさ」
何だか、風俗みたくなってきた。
でも、オレはこの幽霊女が「わたしたち」と言ったことを聞き逃しては居なかった。

「おい。その『たち』ってのは何だよ。まさか・・・」
すると、幽霊女の後ろから、急にもう一人の女が顔を出した。
「そうだよう。わたしもついて来ましたああ」
やっぱり。
一歩下がって、新しい女を眺めると、ミニスカートを穿いたごく若い女だった。
「また女か」
「オヤジよりは良いでしょ」
「そりゃま、そうだが」
いや、幽霊なんだもの。大して変わりはない。
ルックスはなかなか綺麗な格好をしているが、近くに立っていられるだけで、気温が二度下がる。
辛気臭い顔かたちでない分、「少しまし」という程度だった。

「ねえ助けて。あなたしかいないの」
二人の女がオレにそう求める。これが生きてる女ならいいのだが。
「勝手にしろ。オレはもう知らん」
オレは幽霊たちを放り出したつもりだったが、何故かこの二人は嬉しそうな表情をした。
その理由は程なく分かった。
「好きにしてよい」というように受け取ったのだ。

二週間後、気が付いてみたら、オレの回りには百二十人の女の幽霊がつきまとっていた。
オレが諦めて「せめてオヤジは仲間に入れないように」と言ったので、今のところ若い女だけだ。
皆が口々に「サービスしてあげる」と言うが、寝ている時に四五人に寄り添われた日には、オレはあっという間にあの世行きだ。
そこで、もし手の届く範囲に幽霊が寄って来たら、オレは大急ぎで幽霊の尻を叩くことにしている。

ここで覚醒。

書き直して、「夢幻行」に収録することにしました。