日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

1)『死の国』ノート はじめに ─神谷龍慶氏との出会い─

冒頭が落ちていましたので、再録します。

1)はじめに ─神谷龍慶氏との出会い─
 この記録を書くことになった発端は、ごく偶々、神谷龍慶氏と出会ったことによる。
 ある日、私が公園のベンチで物思いに耽っていると、反対側の端に男が座った。
 男は短髪で、白髪交じり。白いサマーセーターを着ており、年の頃は五十台の半ば程に見える。穏やかな表情だ。
 男を横目で見ながら、私はこう考えた。
 (羨ましい話だ。心の中に波風があるようには見えない。奥さんや子供たちに囲まれ、幸せな人生を送っているのだな。)
 すると、その男が私の方を向いて、口を開いた。
「そうでもないよ。悩みごとを持たぬ人間はいないからね」
 私は思わず飛び上がりそうになった。
(おい。俺は自分が考えていることを口に出していたのか。)
 すると男がすぐに答える。
「いや。そういう訳でもない」
 私は我知らず口をあんぐりと開けていた。
「貴方はもしかして妖怪ですか。サトリっていうやつ」
 すると、男が苦笑いを漏らした。
「いや。ただ単に勘が働くだけです。貴方と同じようにね」
 (え。俺も第六感が働く方だが、顔を見ただけでそれが分かるのか。)
 すると、その男が姿勢を替え、私の方に向き直った。

「貴方は勘が働く。どちらかと言えば、頭で考えるのではなく、直感で考える性質ですね。大事なものごとを決める時は主にその直感で決めます。あ、初めまして。私は神谷と言います」
「私は通称名で早坂と言います。まったく売れてない物書きです」
「貴方は勘が働くし、声も聞こえますね。私も同じですから警戒しなくても大丈夫です」
「声」とはこの世のものならぬ声のことだ。要するに、あの世の住人が発する言葉のことだが、普段、私がそのことを他言することは無い。ほとんどの人は聞こえないし、聞こえる者のことを変人扱いする。
生まれてこの方、ずっと目を瞑って来た者は、自分の周りにあるものを見ることが出来ない。目を瞑っていること自体、自覚していないから、周りのことを「存在しない」と認識しているのだ。
そういう理由で、多くの人にとって「あの世」は存在しない。
 神谷氏がじっと私を見ている。私の頭の中のこんな考えも、彼は読み取っているのだろうか。

「自分だけが見たり聞いたりすることで、かなり悩んだ時期がありますね」
「はい。身の回りにあまりにも異変が起きるので、霊感教会を訪れたことがあります。霊感師の先生を中心に祈祷を行う教会です」
その時、その先生に言われたことはこうだった。
「あなたは幾度となく修験者や僧侶に生まれ変わっている方で、そういう背景から、生まれつき霊の影響を受けやすい。そういう人のことを神霊体と言いますが、そういう人は修業をして、悪影響を受け難くする必要があります。またそうすることで、他の人を助けられるようになる」 
 しかし、それを言われたのは、既に三十に差し掛かろうとした時のことで、それから修業を始めたのでは遅すぎる。私は普通の生活に戻ったのだが、その後も今に至るまで声やら姿やらが続いている。もちろん、私はそのことをひた隠しに隠して来たのだ。

「それを避けるために、早坂さんは自分なりに礼拝をし、どうすべきかを考えておられます」
「一年に百回は神社に参拝し、五十日はお寺にお参りしています」
「それも祈祷の一種で、修業なのですよ。今は安定しているのでしょう」
「ええ。何とか。お皿が棚からがしゃがしゃと落ちたり、コップがテーブルを端から端まで走ったりすることは無くなりました。ちょっとオーバーな言い方かもしれませんが」
「その後、何かしら見えてきたことはありましたか」 
「死後の世界の認識については、余りにも誤っていることが多いですね。今お話しした生まれ替わりのことも、多くの人は一人の人格が、また別の人格へと移行するものだと考えています。これは霊能者や宗教家も同じで、一人の魂が経験や記憶をリセットされて、別の人間に生まれ替わる。こういう見方は基本的に間違いです。もし宗教家なり霊能者がこういうことを語っているのなら、その人は偽者で詐欺師です」
「そこに辿り着きましたか。早坂さんは、前に霊感師の方に会われたということですが、もしその方が本物の霊感師なのであれば、今の早坂さんを見れば、自ら下座に座ると思います」
 どうやら、この神谷氏とは話が合いそうだ。
「神谷さん。私は貴方の話に興味を覚え、刺激を受けました。宜しければ、また話に付き合って頂きたいのですが、如何でしょうか」
 神谷氏は笑って答えた。
「結構ですよ。私はそのために来たと言っても良いのですから。天気の良い日に、私はこの公園を散歩しますから、時々ここでお会いしましょう」

 こうして神谷氏と私との対談が始まった。
 これは二人の対談内容を、私の手で極力忠実に書き留めたものである。