日刊早坂ノボル新聞

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◎夢の話 第662夜 小学校の幽霊

◎夢の話 第662夜 小学校の幽霊
 5日の午前4時に観た夢です。

 小学校で働くことになった。
 と言っても、教員でも用務員でもなく、管理人だ。
 廃校になった小学校なのだが、1年後にはリフォームされて、研修合宿用の施設に生まれ変わることになっている。このため、それまで1年間の間、校舎を管理する必要があるのだ。
 この小学校は鉱山で働く労働者の子どものために作られたのだが、鉱山業が斜陽になり、落盤事故が重なったりして、閉山になってしまった。
 それと共に人口の流出が始まり、ついには住人がいなくなってしまったのだ。
 最盛期には2万人が住んでいたのに、今では40人の高齢者だけだ。

 各学年8クラスの時代もあったから、校舎はかなりでかい。
 科目別教室を含めると、60を超える教室があるし、その他にも体育館や別棟の宿直室などがある。
 俺の仕事は専ら掃除で、日に8教室を回ってきれいにするのが務めだ。
 6学年に科目別教室、体育館となると、一巡出来るのは十日に一回になる。
 掃除だけが仕事だから、管理人は俺一人。
 俺はさほど売れていない物書きだから、こういう静かな環境は願っても無い条件だった。
 食事は冷凍の病院食を2週ごとに運んでくれる。
 ここでは周囲20キロに商店が無いので、それしか調達の方法が無いのだ。
 最初に「機内食が良いか、病院食が良いか」と問われたが、俺は迷わず病院食を選んだ。
 機内食はバリエーションが少ないから、すぐに飽きる。その辺、病院食は少なくとも30種類くらいはあるから、毎日違うものを食べられる。

 業務用の掃除機を引いて教室に入ると、まず窓の桟をはたきではたく。埃を全部落としたところで、掃除機を掛け、回りを雑巾で拭く。
 これを日に8箇所だから、最初のうちはキツかったが、慣れて来ると昼過ぎには終わるようになった。そこで午後には、俺は学校の敷地内の畑に出て、野菜を育てることにした。
 一人分が目安だから、種を撒くのもほんの僅か。農作業はすぐに終わってしまう。
 最初のひと月で、俺はここの暮らしにすっかり飽きてしまった。
 何せ一人きりだし、周囲の四方は全部山だ。
 夜中に原稿を書くのには向いているが、昼の間は単調な暮らしだった。

 5月に入ると、俺は良い考えを思いついた。
 「ここは学校なんだから、学校と同じスケジュールにすれば退屈が紛れるかもしれん」
 小学校の日課に近づけるわけだ。
 そこで、俺は朝になると、一番最初に放送室に行き、軽音楽のレコードを回した。スピーカーで流し学校全体に聞かせると、それなりに朝の雰囲気になる。
 次に体育館に行き、校長先生になったつもりで、朝礼をやった。
 何事も真剣にやらねば見えるものはないから、スピーチも丁寧に考え、前に生徒がいるつもりで教壇の上から話をした。
 その次は授業だ。
 前の年まで俺は短大で教えていたので、それをかなり簡単に直して子ども向けの授業にしてみた。
 我ながら分かりよい。
 「なあんだ。短大でもこういう風に学生を扱えば良かったのか」
 若者だと思うから、馬鹿さ加減に腹が立つが、所詮は子どもだと思えばそんな気は起こらない。

 思わぬ発見もあった。
 裏山の藪を刈り揃えに行ったら、そこには大麻が生えていた。
 おそらく鳥の餌を捨てたら、その中の麻の実が根付いたのだろう。
「どひゃあ、3百株はありそうだ。これなら、ふんだんに楽しめる」
しかし、突然、誰かが来た時のために、俺は少しだけ大麻草を刈り、焼却炉の横のゴミ箱に入れることにした。「ゴミを焼くつもりで置いときました」という言い訳にするわけだ。
雑草の枯れ草と一緒なら、普通の人が見ても区別がつかない。大体、そんなゴミ箱の中など誰も覗かない。
 そこで俺は焼却炉の前に座り、本物のゴミを燃やしながら、大麻を吸った。
 こりゃいいぞ。とりあえず退屈は紛れる。

 学校の車庫の中には、校長用の車や除雪車などが仕舞ってある。
 校長の公用車はセンチュリーで、今となっては懐かしい車種だ。
 時々、車を出しては掃除をし、機能保全の為にエンジンをかける。そのついでに、周囲を乗り回すが、すぐに用務員用のダットサンの方に乗り換えた。
 週末は釣りに行くが、やはりこっちの方が便利だ。

 とまあ、あれこれやってみたが、しかし、半年経ったら、ここでの生活に完全に飽きてきた。溜め息ばかりが出る。
「こんなことなら、幽霊でも出てくれればいいのに」
だが、それもダメだ。 
 学校に出る幽霊は悪意の無いものがほとんどだ。学校の怖い話はただの作り話で、実際に出るやつはあまり怖くない。
 俺の妻は小学校に勤めているが、せいぜいパタパタと教室を走り回る程度らしい。
 俺は元々、幽霊に恐怖心を感じない方だし、多少のことでは驚かない。
 暗闇が怖いのは、障害物があっても気づかずに転んでしまうことだけだ。
 「『シャイニング』みたいな展開になれば、小説にも使えるのになあ」

 こんな風だから、いきおい大麻の量が多くなる。
 仕事も少しずつ怠け始め、日の半分は外で大麻を吸うようになった。
 それが、どうやら度を越したらしい。
 ある日突然、俺の前に生徒が現われたのだ。
 3年生の教室に入ると、教室の真ん中に置かれた机に、女児が座っていた。
 俺は一瞬ドキッとしたが、なあに、大麻ばかりやっていたから、この手の妄想は日常茶飯事だ。十分すぎるほど人が恋しくなっていたから、例え妄想でも構わない。
 俺はこの妄想に乗っかることにした。
 「おはようございます」と声を掛ける。
 女児が椅子から立ち上がって、「先生。おはようございます」と答えた。
 やはり俺は先生なんだな。なら、それを演じよう。
 「今日は早いね。どうしたの?」
 「お父さんたちが朝早くから出掛けるから、早く来たの」
 この子の名前は何だろ。胸元を見ると、名札に「高木ゆきこ」と書いてあった。
 「一時間目は何だっけかな」
 視線を前に向けると、黒板の横に時間割が貼ってある。この日の授業は図工からだった。
 「じゃあ、今日はお絵かきからです。忘れずに道具を持って来ましたか」
 「はあい」
 女児がごとごととスケッチブックを引っ張り出す。
 リアリティ抜群の仕草だ。

 「こりゃいいぞ。妄想とはいえ、ここまでリアルなら楽しめる」
 だが、ここで俺は気が付いた。
 「生徒がたった一人じゃ、離島の分校みたいだよな。こんなに大きな学校なんだもの。もっと子どもを登場させなくてはな」
 そこで、俺は教室の外に出て、焼却炉に向かった。もちろん、もう一服してさらに妄想を膨らませるためだった。
 これは良いアイデアだった。俺が教室に戻ると、生徒が3人に増えていた。
 「皆、おはよう。やっぱりこうでなくちゃあね。慣れたら、もっと人数が増やせるかも知れんなあ」
 そこで俺は次の日も大麻をしこたま吸った。
 あの教室に行くと、生徒が十人に増えている。
 「皆おはよう」
 「ハイ。おはようございます」と一斉に声が上がる。
 「今日は出席率が良くなったね。他の子たちも登校できるようになればいいのにね」
 すると、一人の男児が答えた。
 「先生。他の子たちもきっと学校に来られると思う。先生が思い描いてくれるからね」
 「そっかあ。まだ登校して無い子ども等が沢山いるんだね」
 「うん。一杯いるよ」
 じゃあ、それに応えないとな。

 俺は朝晩運動をして体調を整え、決まった時間に大麻を吸った。
 慣れて来ると、すぐにトランス状態に入れるようになり、妄想が見え始める。
 数週間後には、学校の中が騒がしくなるほどになった。
 あちこちの教室で、子どもたちが歓声を上げ、走り回っている。
 「こりゃすごいぞ。俺が作り出した妄想だとは言え、ここまで大仰になるとはな」
 おまけに、本当にすばらしいのは、夕方になると妄想が途絶え、学校の中がしんとしてくれることだ。妄想も生身の小学生と同じように下校するらしい。
 このため、俺は夜中に本来の仕事をこなすことが出来るのだ。

 秋の終わりになった頃、俺の学校に訪問客があった。
 教育委員会の主事2人と建設屋が改修のための視察に来たのだ。
 俺は3人を校舎の中に案内した。
 「今日はどのクラスも欠席はありません。生徒たちも喜んでお迎えしてくれますよ」
俺の言葉を聞き、主事が顔を見合わせる。
 「生徒たち?」
 俺が先に立って歩き始めると、3人がひそひそ話を始めた。
 「この人。大丈夫なんですかね。十ヶ月もこんな山の中に一人でいたから、少し精神状態が・・・」
 「しっ。今はやめとけ。言う通りに従って様子を見よう」
 内緒話のつもりだろうが、すっかり聞こえていた。

 俺は3人を先導して、最初の教室に入った。
 ここは俺の最も気に入っている3年2組の教室だった。
 俺は教壇につくと、教室の中に向かって話をした。
 「皆さん。おはようございます。今日は教育委員会の方々がお見えになっています」
 ちらと横を見ると、3人の顔が引きつっていた。
 なるほど。この人たちには生徒たちが見えないのだな。
 きっと、俺が長い間孤独の中にいたから、精神状態がおかしくなっていると確信したことだろう。俺が妄想の中に浸っていると思っている筈だ。
 「金堂さん。この教室には誰もいませんよ」
 主事の一人が恐る恐る俺に申し出た。俺が突然キレて暴れだすかもしれんので、様子を見ながら言ってみたわけだ。
 俺はおかしくて笑い出しそうだったが、それをぐっと我慢して、生徒たちに言った。 
 「じゃあ、みんな。お客さんたちにご挨拶をしよう。はい!」
 俺がその言葉を言い終わると、教室中から声が響いた。
 「おはようございます。今日はわざわざこの学校にいらして下さり、大変有難うございます!!」

 この声は3人にも届いたらしい。
 客たちは各々が抱えていた鞄や書類を、バタンと床に落とした。
 それと同時に、校舎のあらゆるところから、子どもたちの笑い声が一斉に響いた。
 ここで覚醒。

 最初は大麻の妄想効果だったのに、何時の間にか幽霊を呼んでいた。
 そんな筋です。
 知らず知らずのうちに「俺」は幽界の中に紛れ込んでいたのです。