◎夢の話 第664夜 病室
14日の午前3時に観た夢です。
瞼を開くと、俺は病室の中にいた。
椅子に座り、居眠りをしていたらしい。
目の前にはベッドがあり、女性が横になっている。
ベッドの周囲には、心電図や点滴の器具が置かれていた。
「女房の具合が悪いんだったな」
数日前に妻が倒れ、入院した。
昏睡状態のまま意識が戻らず、そのまま寝たきりでいる。
原則として面会は出来ないのだが、日に十分だけ会っていいことになっていた。
俺は連日、病院に詰めていたから、個室の椅子に座った瞬間に、1、2分ほど眠ってしまったらしい。
それだけ疲れていたのだ。
ベッドの妻は昏々と眠っている。
髪を結んだ紐が解けていたので、俺はそれを結び直した。
その髪は金髪で、妻はルーマニア人だった。
「なんとか持ち堪えてくれればいいが」
医師からは「今日明日がヤマ」と言われていたのだ。
この時、背後のドアに人の気配があった。
後ろを振り返ると、入り口に人が立っていた。
外国人の女性で、齢は60台の半ばくらい。ちょうど妻の母親くらいの年格好だ。
髪は金髪だった。
女性はその場に立ったまま、じっと妻のことを見詰めている。
俺はドキッとした。
「おいおい。これはまさかお迎えじゃあ」
俺は霊感が強い方で、日頃から頻繁に霊を見る。
写真を撮影すると、十枚か二十枚に1枚は、いわゆる心霊写真になってしまう。
光の玉や人影が写ってしまうのだ。
もちろん、そんなことが公になれば、間違いなく人の目にさらされる。だから、俺は俺に起きる異常な現象を隠して暮らしていた。
そんな俺は人の死期に立ち会ったことがあるが、その時に、幾度か「この世ならぬ者」の姿を見た。
家族や親戚ではない者が、今まさに旅立とうとする者の近くに現れる。
それは、死の匂いを嗅ぎ取って近寄る者で、いわゆる「死神」の類だ。
そんな類の霊には、ただ単に死出の様子を眺めに来る者もいるが、死ぬ人を連れ去るために来る者もいる。すなわち、「お迎え」というヤツだ。
「お迎え」で一番多いのは、先に亡くなっている親族の姿を借りて現れる者だ。
父母や祖父母の姿をしていれば、これから死に行く者も安心してついて行ける。
たぶん、道に迷う事がなくなるから、そういう姿をするのだろう。
この時、俺は入り口に立つ女性が、妻を迎えに来た、妻の母親ではないかと思ったのだ。
妻の母親は昨年亡くなり、夫婦で葬式に出ていた。
女性は妻の母親の容貌にそっくりだった。
「待ってくれ。まだ女房を連れて行かないでくれ」
俺は両手をかざして、女性を留めようとした。
しかし、女性はゆっくりと病室の中に入って来る。
胸のポケットには、俺が厳選した死霊祓いの真言が入っていたから、俺はそれを取り出して最初の頁を開いた。
死神は霊なのだから、たぶん、死期を遅らせることが出来る。
だが、俺が真言を唱えようとすると、廊下から看護師が入って来た。
「カテリンさん。駄目ですよ、ここは貴女の部屋ではありません」
看護師は女性の腕を取り、出口の方に誘った。
出口の前で看護師は俺の方を振り返り、頭を下げた。
「すいません。この方はロシアの方で、掲示の文字が読めないのです」
それならよかった。
俺は早とちりして、大声で真言を叫ぶところだった。
「大丈夫ですよ」
看護師に答え、俺は椅子に座り直した。
「俺みたいな者はごく普通に霊が見える。生きている者とまったく変わらないから、区別がつきやしない」
朝のラッシュ時に駅に行くと、大体、30人に1人くらいは変なのが混じっている。
他の人たちはまったく気付かぬだろうが、しかし、じきに俺は気付いてしまう。
霊は生きている者が持つ温かみというか、血の通った体と心を持たぬからだ。
それから程なく、病室に医師がやって来た。
「ああ。だいぶ持ち直して来ましたね。これなら、ご家族も病室内に居られて結構ですよ」
「どうも有難うございます」
どうやら妻もこの世に戻って来られるらしい。
ほっとしたのか、俺は急に疲労感を覚えた。
「どこか休める場所はないものか」
この病院には、手術を受ける患者の家族が待てる控室がある。
そこは畳の部屋だから、少し横になっても平気だろう。
廊下に出て、その控室に向かうと、中には誰もいなかった。
「良かった。今日は重い手術が無いのだな」
看護師に見つかれば起こされるだろうが、30分くらい横になるのは平気だろ。
体を横に倒すと、俺はすぐさま眠りに落ちた。
それほど眠った気がしないのだが、俺は次第に目を覚ました。
鳩尾の辺りがずっしりと重い。
「こりゃ狭心症だな。軽ければ良いが」
このまま心不全に進行したら不味いのだが、しかし、今、俺が居るのは病院だった。
まあ、心配ない。
ポケットを探るが、ニトロ錠剤を持って来ていなかった。
妻が倒れたことで慌て、持つのを忘れたのだ。
「でも、ここは病院だ。看護師さんに頼めばいいや」
控室の向かい側はナースステーションで、扉を開ければすぐカウンターだ。
小窓の向こうには、看護師たちが動いているのが見えていた。
その時、ゆっくりとドアが開き、人が入って来た。
控室に入って来たのは女性だった。
「あ、看護師さん。私はちょっと具合が・・・」
しかし、俺はその女性の顔を一瞥して、この後の自分の運命を悟った。
この部屋に入って来たのは俺の母で、母は半年前に亡くなっていたからだ。
ここで覚醒。