日刊早坂ノボル新聞

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◎夢の話 第671夜 野戦病棟

◎夢の話 第671夜 野戦病棟
 27日の午前4時に観た夢です。

 瞼を開くと、俺はベッドの上に仰向けに横たわっていた。
 「ここはどこだろ?」
 頭が痛い。
 痛い箇所に手を当てると、頭全体が包帯でぐるぐる巻きにされていた。
 「そうか。事故に遭ったんだっけな」
 俺は自然を満喫しようと、金槌山系に分け入った。
 二時間ほど、曲りくねった道を車で走っていたのだが、右カーブを曲がる際に、突然、対向車が現われた。
 俺は慌てて急ブレーキを踏んだだが、間に合わずに接触し、その弾みでがけ下に転落してしまった。
 そして、俺はこの病院に運ばれたのだ。きっとそう。

 体じゅうが痛い。
 体を起こそうとしても、起き上がれなかった。
 どうやら左脚が折れているらしい。他にも何箇所か骨折しているようだ。
 仕方なく、もう一度ベッドに体を伸ばした。

 それから一時間が経ったが、誰も来ない。
 両隣の患者もまったく動かない。
 左側の患者なんぞ、まるで息をしていないようだった。
 それどころか瞬きもしない。
 患者は六十台と思しき男性で痩せ型だ。頬がこけ、眼窩が窪んでいる。
 かなりの長患いなんだな。
 三分の間眺め続けたが、その男が一度も瞬きをしないので、俺はようやく気がついた。
 「この人。死んでるんじゃないか」

 ようやく看護師が来たので、俺は声を上げてその女を呼び止めた。
 「看護師さん。この人、かなりヤバい状態じゃねえか。全然動かないよ」
 すると、45歳くらいの看護師は、隣の患者の首筋に指を当てると、40秒ほど脈を取った。
 それから俺の方に向き直って、少しく微笑んだ。
 「大丈夫ですよ。すぐに移しますから」
 え。「大丈夫」って何?「移す」ってどういうこと?
 「やっぱり死んでるの?」
 俺の問いに看護師が頷く。
 「すぐに両方とも移しますから、少しお待ちくださいね」
 え?両方とも?
 そこで俺は反対側のベッドに眼をやると、そっちの患者はベッドのへりから頭を外し、開いた口から舌をだらんと垂らしていた。
 俺はずっと左側の患者ばかり眺めていたから、右側の患者の異変に気付かなかったのだ。

 「トホホ。こりゃ縁起がいいよな。入院したその日に両隣の患者が死んだ」
 20分ほどしたら、男の看護師2人がやってきて、死人たちをベッドごと運んで行った。
 その空いたスペースに、また別の患者がベッドごと運ばれて来る。
 一人は俺と同じ40歳くらいの男性患者で、もう一人は30歳くらいの女性だった。
 ここでは男女の別なく同じ病棟の中に入れられているのだ。
 俺はとりあえず男の患者のほうに声を掛けてみた。
 「ここの病院って、随分、混雑しているようだけど、どういう病院なのかご存知ですか?」
 すると、男性は真顔のまま答える。
 「ここは秋松病院といって、治療が難しい患者が入るところだよ。いわゆる終末医療の専門病院だね。終末医療の『しゅうまつ』病院だなんて、少しふざけた話のような気もするが、しかし、ここの院長が秋松二郎って人だからごく普通の名付け方だ。ま、病院を選ぶ方も分かりよい」
 「じゃあ、失礼ですが、あなたも重篤な病気なんですか?」
 「うん。末期癌で余命ひと月と言われている。でも、ここの患者は皆それくらいだから。そっちの人だって。ねえ、そこの人。あんたはどういう病気なの?」
 男は俺の頭越しに、反対側の女性患者に声を掛けた。
 すぐに女性患者が顔を向ける。
 なかなか整った顔立ちの女性で、一瞥だけでは病気をしていることが分からない。
 「わたし。難病なんです。たぶん、皆さんが一度も聞いたことのない病名ですよ。日本では毎年十人くらいしか罹らないって話だし。ふふふ」
 女性は聞き手が当惑してしまうほど快活に答えた。

 すかさず男が返す。
 「そうだよね。ここはそういう患者ばかりだもの。家族に重篤な病人を持った人は分かるだろうけれど、いざ死に直面してから、末期患者を受け入れてくれる病院をさがしても、どこも満杯だ。三ヶ月待ちくらいならまだしも、半年待ち、一年待ちなんてこともざらにある。それじゃあ、待っている間に患者がくたばってしまう。だから、こういう病院が生まれたんだよ。ここは末期患者ばかりが入る病院で、患者は数ヶ月のうちに皆死ぬ。回転がいいから、多少、決まりより多く患者を受け入れても、当局は何も言わなくなった。だから、ここは病床規定が三百人なのに、その2倍以上の患者がいる。隣は閉校した小学校だけど、そこの体育館にも患者を入れている。ま、そっちにいる患者は比較的状態の良い患者だから、バスケットのゴールポストが見えるだけで、『まだ大丈夫』と安心できる。だから、そこに入れられている間は誰も文句を言わない。こういう状態になっても、人はやはり死にたくないからな」
 ここで肘をついてほんの少しだけ体を起こすと、病室の中の様子が見えた。
 病室は50メートル四方の広いつくりで、百人近いベッドが並んでいる。
 看護師たちの動きを見ると、どうやら、今朝は十人くらいのベッドが出入りしたらしい。
 すなわち、十人が死んで、十人が別の場所から移って来たというわけだ。

 「今日は入れ替わりが多いほうなんですか?」
 さすがに、「死人が」とは言えない。この両隣の患者だって、程なくその仲間になるからだ。
 「今日の死人は少ないほうだね。俺のベッドは廊下の端だったから、死人の出入りはよく見える。毎日四十人から五十人が普通で、外から入って来るのはもっと多い。だから、患者がどんどん増えて、隣の学校の体育館だけでなく、教室の方も使うようだよ」
 「じゃあ、この県の大半の患者がここに来るわけですね」
 「ま、少子高齢化で、年寄りと病人の数がやたら増えた。身寄りのない者も多いから、ここみたいに、患者が死んだらすぐ近くの火葬場でサクサクと火葬してくれるところはむしろ有り難い。家族がいるいないに関わらず、死ねばそのまま火葬場行きだ。死んだ次の日にはお骨になっている。ま、今では引き取りに来ない家族も多いから、自然にそうなったんだろうけどな」
 家族にとっては、この病院に入れたところでひと安心で、患者はもはや「過去のひと」になってしまうということだ。
 「ま、独りで苦しんで孤独死したり、線路に飛び込むよりは、はるかにましだろうとは思います。今は子ども2人で親4人を看取らなくちゃならんですから。良くてそれです」

 ここで俺は自分のことに気がついた。
 俺は事故でここに来たわけだから、境遇が周りの者とはかなり違う。
 異質な立場だから、振る舞いに気をつける必要があるだろう。
 周りの者は「ここの患者は皆同じ状況にある」と思っている。いずれ程無く死を迎える者同士だから、すこぶる仲が良いし、明るく振舞える。
 「でも、俺は違うよな」
 俺は怪我が治れば、すぐに退院出来る。
 すると、頭のどこかで誰かが答えた。たぶん、俺の潜在意識だろう。
 「そんなこと。分かりゃしないだろ。お前もここの患者と同じで、程なく人生の終わりを迎えるのかもしれんよ。だって、現実にお前は救急病院ではなく、この病院に来てるじゃないか」
 内臓に重大な損傷があるとかって話だ。
「おいおい。勘弁してくれよ」
 慌てて、病棟の中を見回すが、俺の質問に答えてくれそうな医師も看護師も見当たらない。                       (長い夢なのでここで中断。)

 崖崩れがあり、この病院は周囲から孤立している。
 周りの患者はバタバタと死んでいく。
 非日常的な状況の中で、「俺」は少しずつ精神がおかしくなって行く。
 そんな夢でした。
 亡くなって行く患者の内面を描ければ、作品になって行くかもしれません。

 誇張はありますが、毎月毎月、患者が入れ替わるのは、今も同じ状況です。
 現実をデフォルメして反映させた夢のようです。