◎病棟日誌R070710「ひとつ先の気配り」
◎病棟日誌R070710「ひとつ先の気配り」
春から、病棟の食卓にはチラシを折って作った紙の四角かごが置いてあった。
介護士のバーサンが「ごみはこれに入れてね」と言っていたから、配膳の片づけが楽になるように、分別して貰うためだと思っていた。
厨房にお膳が戻った時に清浄がしやすい。
だが、これがこの日は無かった。
棟内を見渡したが、バーさんの姿は見えず。
「今日は休んでいたからごみ箱が無いのだな」
要は、バーさん自身が作っている。これは仕事中には出来ないから、自宅で作っているのだ。新聞のチラシだけでは足りぬから、新聞屋で貰うか、スーパーの包み用の古紙を失敬してくるわけだ。
ついでに考えたが、病棟ではお膳を返す時に、特に分別はしておらず、カートに入れて戻すだけだ。
すなわち、バーサンは「こうすれば厨房の手間が省けるだろう」と思って自主的にやっている。
そう言えば、誰がどこくらい食べたかも丁寧に見ていた。
入院患者なら看護師が点検して記録するが、ここはひとまず通院病棟なので、それはない。食事自体も病院のサービス提供だ。
バーサンは習慣的に「誰がどのくらい食べられていて」をチェックするようになっているのだろう。
自分の仕事の分限よりは、少し外側にも意識が置かれている。
食膳に目を移すと、この日のフルーツはパイナップル(缶詰)だったが、珍しく花輪形に並んでいなかった。
いつもは丸く配列されているが、これを行うのはベトナム人の研修生だ。たぶん、「きれいに並んでいたら楽しかろう」と思ってやっている。
三人いる筈だが、時々、花輪がないこともあるので、その中の一人か二人が実践している。
その子が休みか、里帰りすれば、花輪が見られない。
死に掛けの患者からすると、この手の「ちょっとした心配り」が最も心に響く。
食事の度に癒される。
ベトナム人はニュースで見る限り粗暴に見えるが、一般の人たちは穏やかで礼儀正しい。アジアの他国と違って、「恥ずかしい」ということも知っている。
若い頃には、長らく「外国籍の人と結婚するならベトナム人がよい」と思っていた。
日本に働きに来る時に、日本の政治家とベトナム人ブローカーにより、仲介料として2百~2百5十万くらいを背負わされるから、給料の多くが返済だ。コロナ事態なんかが起き、仕事を失うと、すぐに金が詰まり返済に困る。返さぬと国の家族に危害が及ぶから、犯罪をしてでも都合する必要が生じる。
外国人犯罪が増える要因の一つは、政治家が行政との連絡を取り持ち、資格を与えることで金を得るシステムが出来上がっていることによる。
こういう体制を壊し利権体質を打破する必要があるから、いずれにせよ自民支配をぶっ壊す必要があるということだ。
自民と立民は「鏡に映した表裏」だから、左右が違うだけで同じ構造だ。たぶん、参院選で負けると、大連立を結ぼうとする。
立民もかつて政府側になったことがあるから、旨味は心得ている。
さて、石でも拾っておくか。
脱線した。
元に戻すと、介護士のバーサンやベトナム人研修生のように、「ひとつ先を見て心を配る」のは普段忘れがちな姿勢だと改めて思った。