◎泣かされる
これは昨日の出発前のこと。
帰宅するので、介護施設に居る父のところに挨拶に行ったのです。
部屋に入ると、ボストンバッグが4つ並んでいました。
ロッカーの着替えやらを全部詰めてあります。
「これ、どうしたの?」と訊くと、父は「お前が一人で居るのは気の毒だ。相手をしてやろうと思って用意した」。
父は元の実家に帰るつもりで準備をしていたのです。
でも、父が帰ろうとしている実家は20年前から倉庫になっています。水道もガスもありません。
「親父の気持ちは分かる。俺もしょっちゅうその家の夢を見るからな。でも、今行っても埃だらけだし、メシも食えなきゃ、風呂にも入れない」
「手分けして掃除すればいいだろ」
「しかし、俺は今日のうちに帰らなきゃならない。お袋はもういないんだから、近所のバーサン連中をアルバイトに頼んで、家を隅から隅まで掃除しなけりゃ、とても泊れないよ」
でも、やっぱり気持ちは分かります。
父や私の原風景はそこだもの。
それから1時間ほど説得しました。
帰るのは構わないのですが、事前に準備をする必要があります。
ガスや水道をどうするか。
掃除の手配をどうするか。
一人二人ではどうにもなりませんので、「計画的に進める」必要があるわけです。
「次は8月くらいに来るから、その時に兄も交えて相談すればいいんじゃね?お盆も来るわけだし」
すると渋々ながら父が頷いたので、私は父のバッグを開けて、衣類を箪笥に戻し始めました。
夏には「釣りに連れて行く」約束だし、事前に息子と二人で掃除に行けば、数日泊るくらいの状態には戻せるかもしれません。
父は長い間ごねていたのですが、それでようやく納得しました。
病院や施設に入った経験があれば、この「どうしても家に帰りたい」という気持ちは分かりますね。
ひと月も入院すると、必ずそう思うようになります。
父は半ば子どもに還っているので、切実だろうと思います。
帰り際に、父が呟くように言いました。
「お前が帰ってしまうと、俺は話し相手がいなくなるから、寂しいんだよ」
父のそんな言葉は初めて聞きます。
父は無一文から身を起こした「叩き上げ」なので、弱音を吐いたことがないのです。
背中を向けて遠ざかりながら、本当にめげました。
母が亡くなる半年前に言っていたのと同じ言葉を、今度は父から聞きました。
心底より堪えます。
温泉に泊まった夜に、父は数回目を覚まし、息子が無事か見に来ました。
父の頭の中では「コイツは俺よりヤバイ」ということになっているらしいです。
事実なのですが、父に気苦労をかけたくないので、私は自分の病状について、あまり語っていません。
それでも、父は自然と気が付いて、息子が苦しんでいないか見に来るのです。
私は父の言い付けや願いに対し、一度も「はい」と言ったことが無いので、余計に堪えます。
中高年は絶対に反省してはならないのですが、父母のことだけは例外ですね。やはり自分を責めてしまいます。
そういう自分自身が腹立たしいので、その腹いせにこれから一層他人を責めることにしました(大笑)。
生きているうちに潰したいのは沢山います。